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武占

間の抜けた緊張感のない空気が場を支配する。滅多にお目にかかれない陰陽師の親方様が目の前にいる、現陰陽師の頂点が終結している、この事実だけで絵之木実松は緊張で泣き出しそうだった。変な汗が額から零れる。


 「落ち着け。お前がしっかりしないでどうする」


 「はい」


 猪飼慈雲様から叱責を受ける、平常心を保とうとするも上手くいかない。用意されていた座布団に座ろうとするも、前方に転げそうになった。猪飼慈雲は呆れた顔でため息をつき、賀茂久遠は厳しい目つきで睨みつけ、水上几帳はクスクスと口に手を当てて笑い、土御門芥は興味がなさそうに毬で遊ぶ。


 内心では滋賀栄助の事が心配で堪らなかった。あの巨人に殺されているのでは、何か重大な傷を負わされたのではないか、そう思うと夜も眠れなかった。今も胸が痛い。あの時自分が一緒に鬼退治に向かわなかったこと。弱虫で臆病な自分を心底呪った。自分は何の役にも立たない人間だ、それを実感するのが何よりの苦痛だった。


 早く栄助の顔が見たい。


 その時だった。障子が勢いよく開かれ、恐怖の顔を浮かべた青年が現れた。実松とは比べ物にならないくらい汗をかいており、息が荒く、拳を握りしめて震えている。


 「ご報告申し上げます。そ、その……」


 青年から涙がこぼれた。もう報告をするというよりも叫び声をあげている。


 「弓削ゆげ家党首様がこちらに向かう途中で……お亡くなりになりました!」


 弓削家。武占の達人の家系であり、賀茂家と同様に陰陽師設立の時代から存在する由緒正しい家系である。将軍が悪夢を見た際に、その情報から運命を回避させるなど、占いの能力は本物だった。間違いなく陰陽師機関の中でも戦力の一人として期待されていた人物である。


 「ここに来る際に……巨大な蛇に襲われて」


 絵之木実松は血相を変えた。百鬼が現れたのだ。今、栄助はこの場にいない。誰も百鬼を倒せる人間がいない。ここで戦闘になれば一方的にこちらが消耗するだけだ。しかも相手は、陰陽師の名高い党首を倒す程の百鬼である。


 だが、焦り顔をしているのは絵之木実松だけで、残りの4人は態度を崩さない。驚いた表情も見せない。水上几帳はニコニコ、土御門芥は毬をコロコロ、賀茂久遠は瞑想を続け、猪飼慈雲はしかめっ面をしているだけである。そんな何も返事をしない連中に報告に来た若い男は動揺を隠せなかった。


 濡女ぬれおんな蛇腹女じゃばらおんなを筆頭に蛇の妖怪など山ほどいる。水神として崇め奉られていた生物だ。狛犬と同様に蛇は神の遣いともされる。また、人々を襲う厄としても名高い。


 「親方様! お逃げください! あの蛇がこちらへ向かっています!」

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