役者
彼女は重たい腰を上げて、眠そうにまた欠伸をしたあと、またこちらを睨んだ。
「だから……奴は『創作上の妖怪』なんだよ。噂をされたがる妖怪ではなく、噂から先に登場した妖怪ってこと」
「そんな妖怪はいないのに、誰かが勝手に怪異談を話す事によって妖怪が生まれた」
「そう。しかもシリーズ100話の大作を書き上げた奴がいる。そいつがどんな野郎で何を考えているのかとかは知らないが、それを殲滅する為に俺はここにいる」
妖怪が妖怪を生み出すというのは聞いたことがある。確か『くらぎ』と呼ばれる大昔の妖怪だ。芋虫のような姿をした虫の妖怪。また、妖怪の起源の生みの親も虫だったと聞いたことがある。
「妖怪を生み出す妖怪……」
「いいや。これは私の勝手な予想だが、相手は人間だと思う。なんというか、物語が人間くさいんだよ。完全無欠の最強妖怪を作ろうとしている感が。そういう気持ち悪さが。神様はあんな駄作を作ろうとはしないはず」
「…………」
この人、謎めいた行動をする割には情報を包み隠そうという気概がみえない。自分を信用させようとしているのか。虚言を吐いて騙そうとしているのか。いや、騙そうとしている人間の行動にもみえないのだが。寝転がって、目の前に猫がいないのに猫じゃらしを振り回していたり、命の次に大切であろう刀を床にしてちゃってたり。これで私を手駒にしようとしているなら大した役者だ。
「では我々はなんで図書館に出向いたのでしょう」
「お前、本書くならどこで書く?」
「あぁ……」
「もしかしたらここで本を書いていたかもな」
そう言いながら彼女の薄らと見つめる先には民家の角に小さな蜘蛛の巣があった。
「ここで蜘蛛を見ながら人が死ぬ物語を書いたのかもな」
背筋が凍った。一気に震えが身体を襲う。彼女の言葉は重低音だった。まるで恐怖を煽るような、わざと怖がらせるように、そう言ったのだ。
「おい、低身長真っ裸短足土左衛門」
「そんな名前ではない! あと、そんな容姿ではない!」
「お前、帰れ。帰って寝ていろ。外に出るな。死ぬぞ」
★
犯人は現場に戻るなんて言葉がまだ存在しない時代だ。だが、手がかりがそこにしかない。連続殺人事件にはなっていない。被害者はまだたったの一人。どこの誰とも分からない彼女。華やかな着物を着て、艶やかな簪をつけた、今にも抱きしめたくなる女性の死体。あの残虐非道な事件のあった場所に戻ってきた。
そこで知った。本当にこの怪異事件が物語であったことに。人間が創った物語であったことに。 物語には必ずオチがある。お奉行が死んでいた。あの死んでいたはずの女性の死体に喰われて。