屋敷
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あの謎星の影響もあってからか、独房から出して貰えた。きっと慈雲様が親方様に口利きして頂いたからに他ならない。有難い限りである。今は滋賀県の大津に移動している。そこに猪飼慈雲の屋敷があるのだ。陰陽師の名高い御家なので、それはそれは立派なお屋敷だった。
2人が生活するには広すぎる部屋に、傷一つない襖に畳。金箔の屏風に、遥か上空の天井。あまりに部屋が豪華過ぎて、全く落ち着けない。そんな貧乏性丸出しの冷や汗をかく絵之木実松の横で、滋賀栄助は布団の上で大の字になって爆睡している。この緊張感の無さを少しは分けてほしい。
時間としては夕暮れ時なのだが、ここは霊界の為に眩い夕焼けなど差し込んでは来ない。陰湿な青暗い光だけが辺りを漂っている。いくら監禁状態から脱せたとはいえ、さすがに自由の身とは言えない。それでも毎日三食出て、不自由ない生活を送らせて頂けるだけ有難いと思うべきなのだろう。
いや、この状況が正しいとも言えないのではないか。百鬼は栄助を明確に狙っているのだから。ここも時期に戦場になる。奴らが消滅しない為には、栄助が消えるしかない。そろそろ死に物狂いで襲って来ると思うのだ。
「百鬼将との戦闘も考えるべきなのかもしれない。獄面鎧王や伊代羅刹流は既に動き出している。残りの百鬼将も動き出していると思うのが妥当だ」
血染蜘蛛、底無茶の間、海狸鼠、幽世、謎星。今まで戦ってきた百鬼の中で、一度も戦っていないのだ。純粋なるパワータイプと。強大な相手に直面したことがない。
「運が良かっただけなのかもしれない」
百鬼閻魔帳を読み返して、そう思わざる得なかった。
陰陽師側も何も手を打たないわけではない。親方様の命により、各一族の長を集めて緊急会議がなされるのだ。今までの陰陽師の歴史を見ても、殆ど回数がない非常事態宣言。『急々如律令』が全国に向けて発令した。もう我々だけの戦争ではない、陰陽師全体を巻き込んだ全面戦争となった。いずれ各地方から兵が揃うだろう。
「栄助さん、私は怖いよ……」
実松は優しく栄助の寝顔を触った。髪を撫でて、摩る。
「あと何度戦えばいいのだろう。まだあと94匹もいるんだよ」
心配そうな顔をしている実松を他所に、爆睡している栄助は何も返事をしない。『私は幽霊だ、既にもう死んでいる』。あの言葉が思い出された。にわかには信じられない。絵之木実松は陰陽師の端くれである。だから、人間の生死には極めて詳しい。それなのに最愛の人が生きているかどうかも判断できないのだ。
生きている、と思う。でも、彼女の不自然さを、非常識さを確認する度に、「もしかしたら絶命しているのかも」という不安が過る。




