日記
夢を見せているだけなのだ。奴はただの一度も願いを叶えてないのである。人々は生き返ってはいない。建物も一切、建て直ってなどいない。
「始めから恐ろしい能力の割には、被害が少ないと思っていたんだ。人々が本当に願っただけで、望みが叶うのならば、この世界はもっと無茶苦茶になっているはずだ」
少年は微笑んだ。優しそうな笑顔で。
「これは夢を現実に投影しているだけなんだ。夢と現実の区別がつかない。それがお前の能力の本質なんだ」
夢を現実に反映する能力ではない。夢に見たものが現実に現れるわけではない。あくまでも夢と現実の記憶を混同させる能力だ。夢を日記に記してはいけないとされる。現実と夢の区別が付かなくなるから。記憶が曖昧になるのである。
「これは絵之木実松の記憶している映像なんだ。いや、記憶した印象が現実になってしまった、という表現が正しいのかな」
「そう。これは夢の世界の人間であり、現実ではないでごわす」
ただのイメージなのだから、人払いなど無意味だった訳である。
百鬼閻魔帳も間違っていなかったのだ。あの物語は最初から最後まで夢と現実が混同していた。おそらく作者はそういう前提で描写している。
「すり替えではなく、混同ならば、お前を斬り殺すことも可能なはずだ」
「いいの? 僕を殺して」
ここにいた人は消えていなくなる。あの栄えた都市は廃墟へと変わる。それでも……。
「構わん。それよりもこっちが聞きたい。なんでまた、星に戻らない。空中に逃げてしまえば斬ることは出来ないのに」
「星になることは僕の夢なんだ。そして、『夢』って産物はね……」
次の瞬間に奴の首から上と胴体が真っ二つになった。血飛沫をあげることなく、綺麗な断面が残る。それでもなお、奴は優しそうな笑顔で、にっこりと、最後に綴った。
「制御不能なんだよ」
奴は消滅するまで笑顔だった。何の未練も私怨もないという表情だった。
「最後まで気持ちが悪いな……」
驚くのも束の間、すぐに今まで見えていた映像は消え去った。目の前に残っていたのは、無残な瓦礫の山だけだった。
腑に落ちない。辛くも撃退には成功したが、今いち納得がいく退治ではなかった。結局あのパジャマ少年は何だったのか、釈然としないのだ。奴は自分の能力をコントロールする術はなかった、というのが最終的な統一見解となるのだろうが、それでいいのか。奴は『自分が髑髏な姿の星になる』夢を見たということか。どんな生活をすればあんな夢が見れるのか、皆目見当がつかない。
そもそも、あの化け物は物語の登場人物だったのか、それともただの怪物だったのか。
「また、考えても意味もないことにカロリーを使っているなぁ」
「悪かったですね! 陰陽師は悪鬼の退治も大事ですが、それ以上に後世の為に記録を残すことが大事なんですよ」
「その台詞、聞き飽きた。いくら考えたって結論なんか出ないって。それにもう退治したんだから、結果オーライでいいの!」
「そうはいかんでしょうな、陰陽師は」
「デカいの、帰ろうぜ!」
もう打ち首でも文句ない程の無礼さを発揮する栄助に対し、実松は声すら出なかった。
「ふむ。取り合えずこの有様を親方様に報告せねばなるまいな」
星は消え去った。辺りはまた霊界に漂う暗闇に包まれたのだった。




