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寝相

そうだったのか、と思い唖然となる。それと、同時に『では何故、奴は正体がバレてから、この幻覚をとかないのか』という疑問がわいてくる。バレた、という苦い顔を浮かべていない。さも、この悪鬼は何を言っているのか分からないという、困惑の顔を浮かべている。


 少年がヒステリックに大声をあげる。住民は陰陽師が罪なき人を惨殺したとして、悔し涙を浮かべている。まるで我々が悪人なのだと見せつけるように。そんな住民を容赦なく切りつける栄助。


 猪飼慈雲も自分の式神を出した。大きな白銀の獅子だ。おそらく狛犬の一種だと考えられる。魔除けとして寺院や神社を守る戌。厳密には違う存在なのだと思う。一角獣のような大きな角が額から生えているのだ。大きさは四つ足で立って人間の身長の二倍はある。筋骨隆々としており、青白い煙を発しながら目は鬼のようである。


 「惑わされてはいかん。幻覚を解かないのは、奴の作戦でごわす。なまじ戦闘能力が薄いから心理戦に持ち込もうという策略じゃ」


 そんなことは考えに至っている。しかし、気にしているのは奴の物語だ。百物語『百鬼閻魔帳』には、「これは幻覚です」などという記載は一切なかった。最後まで奴は人々の願いを叶え続けたのである。しかし、この状況は住民の願いを叶えているとも思えない。我々三人とも五体満足だ。何も異変は起きていない。


 もうとっくに住民が「あの陰陽師たちを追放してください」と祈っていてもおかしくないはずなのに。もっと残酷なお願いをしているかもしれない。しかし、あの謎星はその願いを叶えないのだ。そういう意味では、確かに幻覚を見せられているとしか判断できない。


 分からない、分からない。


 「おりゃぁ!」


 「がるるるるる」


 栄助がバッタバッタと人を斬っていく。式神が次々に住民を食い殺していく。え? これも幻覚?


 「栄助さん! 駄目だ! そんなに人を簡単に殺したら!」


 「え? なに? 断末魔で聞こえない!」


 「猪飼慈雲様! 恐れながら申し上げます! もうこんなことはお止めになってください!」


 「拒否するでごわす!」


 なにこれ?


 「やめてください! やめてください! やめてください! やめてください! やめてください!」


 ★


 違う。確かに現実じゃないが、これは幻覚ではない。


 「人間が睡眠中に身体を動かすのには理由がある」


 誰かの声が聞こえる。あの寝巻姿の桃色の少年の声だ。あの忌々しい悪鬼の声だ。


 「身体の一部を下にしていると苦しいからだよ。だから、適度に床に接する箇所を移動させているんだね。寝相が悪いのも悪いことじゃないってことさ」


 なるほど、奴の能力の本質が分かってきたかもしれない。


 「幻覚じゃない、これは夢を見せられている……」

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