住民
それはもう容赦なく、派手に切り掛かった。その場にいた住民などお構いなく。いや、その住民から切り殺すかのように。
「なにしているんですか!」
「え? 面倒くさいなと思って」
結果的には、その下手くそな大振りのおかげで住民側から回避に成功していた。だが、栄助は動じない。本当に殺しにかかったことに驚愕な顔を浮かべる住民に対し、栄助はニヤニヤと笑う。それを唖然とした顔で見つめる謎星。呆気に取られて動けなくなっている絵之木実松。誰が鬼なのやら分かったものではない。
滋賀栄助は正義の味方じゃない。陰陽師ですらない。だからこそ、百鬼を殺すことに全神経を集中できる。しかし、絵之木実松はそうはいかない。
「駄目です。殺してはいけません!」
そこでこちらを睨みつけている住民は、無関係とまでは言えない連中だ。百鬼という存在が知らなくても、悪鬼に縋るなど言語道断、死刑で然るべき存在だ。だが、それでもすぐさま殺していいとはならないだろう。
という正義感で焦っているのではない。
真横に陰陽師最高幹部の一人である猪飼慈雲がいるのだ。彼には権力があり身分があり我々の監視義務がある。もし、この問題行動で我々を危険因子だと判断されたなら、今度こそお終いだ。
「駄目ですって。住民の方を殺さないでください」
「おい、我が夫よ。私の傍から離れちゃいけないぞ」
「何をこんな非常事態に、ロマンティックなことを言っているんですか。そんなことより」
「あいつ等に殺されるぞ」
背筋が凍った。確かにその通りだ。
奴らには謎星がいる。願えば何でも叶うという状況なのだ。もし、住民の誰かが栄助や実松を殺すことを、あの桃色の寝巻少年に願ってしまえば、そこでコチラは殺されるのだ。では、なぜそうなっていないのか。
栄助が暴神立を持っているから? 彼女とあの直刀が百鬼の能力を無効可しているのか?
「都合が良すぎる能力だと思ったぜ。お前、本当は『願いを叶える』能力なんて持ち合わせていないんだろ」
「…………」
「喝! 目を覚ませい! これは幻覚じゃ! 現実ではない!!」
ここで久しぶりに猪飼慈雲が声を発した。それはそれは大きな声で。
「…………」
なおも謎星からの返事はない。肯定も否定もしない。顔色も変えず、不思議そうな顔をしている。
「死んだ人間は生き返えらないし、建物はそう簡単に戻らない。これは全部嘘だ!」
「…………嘘じゃないよ。本当だよ」
嘘をついている声じゃなかった。子供が濡れ衣を主張するような、か細くて、弱弱しくて、それでいて…………信用できない声。
「そこの住民も全部嘘だろうが。お前のピンチに駆け付けた住民じゃない! ただの幻覚であり、ただの霧だ。そこの猪飼慈雲の部下の死体も偽物。そもそも陰陽師が一般人に負ける時点で設定の矛盾だし。本当は立ち入り禁止エリアに誰も入ってきていないんだろ」
「えぇ!」
猪飼慈雲も滋賀栄助もすべて気が付いていたのである。だから、どんな状況にあっても取り乱さなかった。分かっていなかったのは、絵之木実松だけである。
「違うよ、幻覚なんかじゃないよ!」
それでも認めようとしない謎星。さも当然かのように主張する。
「ついでに、あの訳の分からない星も幻覚だ。お前が見せた幻覚のはずだ」




