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益虫

取り敢えず口に入れてみる。美味しい。江戸の菓子屋もなかなかいける。陰陽師貴族の名家の人間だったら、こんな下町の庶民が通いそうな店の菓子など口にするかと怒鳴る場面だろうが、そこまで偉くない家計で良かった。こういうプライドに邪魔されないのは大きい利点だ。


 「犬は嫌い」


 「え…………」


 「主従関係なんて嫌い。お前は私の犬になってくれるなよ。面白くなくなるから。これは餌付けなんかじゃないからな」


 「はぁ……」


 別にこの女に仕えているつもりはない。奉行所にやってきた来訪者としか思っていない。思わぬ発言にしかめっ面をしてみたが、彼女は明後日の方向を向いて無視している。相変わらず私には興味がないらしい。


 ★


 蜘蛛が新しい巣を作るときは、種類にもよるが数十分くらいで完成する。巣を作らない徘徊性の蜘蛛もいて捕食能力が極めて高い。耕作地圏においては、農業害虫の天敵であるため益虫として重視される。毒性は持つが人を殺せるほどの殺傷能力はない。


 そもそも蜘蛛の妖怪だと決めつけているのがよくない。蜘蛛の巣のような同心円状の形をしていたから勝手に決めつけてしまっていた。糸を出す生き物なら山ほどいる。かいこや蟻なども糸を出す種類は存在するのだ。


 「知れば知るほどよく分からない」


 図書館に来ていた。お奉行の力も借りて、江戸の幕府に近い書物庫を歩き回る。そこで今回の敵である妖怪の情報を収集しようと思ったのだ。


 「眠くなってきた」


 「あなたが行きたいと言ったんですねよねぇ!」


 この絵之木実松えのきさねまつ。例え天性の才能がなくとも真面目さだけは誰にも負けない。一人でも多くの人を救おうとこうして奮闘している。それを嘲笑うかのように、奴は畳に突っ伏して欠伸をしている。女らしくない、だらけた図太い態度だ。やる気が微塵も感じられない。


 「少しは働いてください」


 ついに完全に寝転んで腕を伸ばしながら、寝返りをうつように顔を逸らした。


 「お前、ここに何をしにきたの?」


 「決まっているでしょう! 今回の悪鬼と化した妖怪を突き止める為ですよ!」


 「血染蜘蛛ちぞめぐも!!」


 妖怪の名前を口にした。まるで叫ぶかのような声に驚いて振り返ったが、彼女は寝転んだままコッチを見ようとしない。右足で左足の付け根の部分を引っかきつつ、腕を伸ばしている。


 「血染蜘蛛。聞いたことのない妖怪ですが……」


 「そりゃそうだ。そんな名前の妖怪はいない。そんな伝承のある妖怪はいない。殺した死体を放置して、切り傷だけを残すなんて、そんな事をする動物でも、妖怪でもない。今までの蜘蛛の妖怪にはそんな奴はいなかった」


 

今まで凹凸のない澱んだ彼女の声が始めてしっかりと聞こえた。

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