鉄斧
大きく振りかぶって飛び掛かった。相変わらずの剣術なんて言えない雑な大振り。だが。
「うっおうっ!」
奴が直接戦闘に向いていないのは本当らしい。薄いピンク色の寝巻を着た自称悪魔の外国人は、栄助の上からの大振りをこけるようにして躱した。
「戦い慣れしていないでごわすな」
「勝てる!」
そう確信した。最も警戒すべきは奴がまた成層圏に戻ってしまうことである。飛行手段のない我々に奴を殺す手立てはない。ノコノコと出てきたのが運の尽きだ。
「お命頂戴するぜっ!」
奴が転んで立ち上がれないように、栄助は足で子供の胴体を踏みつけた。力強く踏み込むように。獲物を狩る鷹のような眼をしている。暴神立を握る手も自然と力が入っているように見えた。奴の首を目掛けて、またも上から刀を振りかざす。
これで勝ったと思った。
★
「何をしやがる」
住民が押し寄せてきていた。戦闘に集中していたこともあるが、気が付かなかったわけではない。だが、まだか栄助に向けて鉄斧を振りかざしてくるとは思わなかった。それも、まだ小さな子供である。この町の子供だろう。一張羅な服を着ている。栄助は仕方なく後方へと引いた。斧を持った少年は、尻餅をついて倒れている外国少年の上に覆いかぶさった。、
あの星型の百鬼を庇っている。
「この子を殺さないで!!!」
一人や二人ではない。大勢の人間が押し寄せてきた。怒号をあげて。桃色の寝巻少年を守るために、横一列になって立ち塞がる。
「くっ、なぜこんなにも人間が。進入禁止にしていたはずなのに」
猪飼慈雲がそう漏らす。しかし、察しはついた。見張りはこの民衆によって殺されたのである。奴らの持つ武器の血痕から、そう判断できる。民衆は狂乱している。
「神様を殺すとは何事か! 貴様ら、それでも陰陽師か!」
栄助と実松は下っ端だから分かるとしても、猪飼慈雲は組織の中でもなかなかの偉い人なのだが。今のは普通に考えて打ち首ものだぞ。百鬼に精神を歪められているのかと思ったが、そうでもないらしい。
「神様じゃねーよ。ソイツは悪鬼だ。殺すしかない」
「殺さないで! この子がいなくなったら、お父さんとお母さんが消えちゃう!」
そういう理屈だろうと思った。あの悪魔は今の段階では民衆にとって神様でしかない。死んだ人間を生き返らせ、建物を元通りにし、傷を癒した救いの神だ。まだ、この町では奴による残酷な被害は確認されていない。民衆が騙されていることに気が付いていない。
「予め、自分が消えたら何もかも元通りになることも布教していやがったか! 用意周到な野郎だ」
次の瞬間、栄助が動き出した。




