悪魔
わざわざ殺されに地上まで降りてきた、なんてことはないだろう。きっと、罠だ。慌てて殴り掛かったところを、何かしらの手段で反撃してくるに違いない。なのに、栄助さんが思いっきり襲い掛かろうとしているので、必死に両腕で押さえつける。この人は本当に何も考えていない。
「何をしに来たでごわすか」
「ん? 願いを叶えに降りてきたんだよ。ほら、僕は悪魔だから」
悪魔。そんな言葉を口にした。馴染みの無い言葉だ。
「悪魔は人間の欲望が餌なの。だから、契約を結んで願いを叶えて、力を蓄える。それが僕たちだよ」
「町の人の願いを叶えたのか」
「うん。喜んでくれて何よりだよ! 僕も凄くうれしい! 誰かが喜んでくれるって本当にうれしいよね」
嘘だ。コイツはそんなことは考えていない。気色悪いまでにニヤケタ顔がそれを物語っている。外国の寝巻のような服のポケットから、髪を取り出すと鼻をかんだ。人々は救われることを祈っている、救ってくれる存在を神を呼ぶ。だが、コイツは神様じゃない。
「ふふふ。災害の後って本当に仕事がしやすいなぁ。それにこの地は悪魔祓いが全くない。僕を警戒する素振りが全くない。僕にとってはやりたい放題だ。こんなにも簡単に悪魔に魂を売ってしまうなんて」
妖怪じゃない。コイツは我々が知っているような悪鬼ではない。何なんだ、この違和感は。
「君たちが悪魔祓いなのかなって思ったの。でも違う。君たちは僕を知らない。敵視はしているけど、そこまでだよね。この後、僕にとり憑かれた人間がどうなるのか」
「皆殺しだろう!!」
恐怖を吐き捨てるかのように絵之木実松が叫んだ。またそれにニタニタと笑う。
「そうだよ! だって『願えば人を殺せる世の中』なんて……何日もつかなって話だよね。自分を殺したいって思っている人間が、何人いるのか気になって仕方がないだろう」
下種野郎だ、やはり神などではない。コイツはこの町の人間を残らず殺戮しに来たのだ。
「僕が願いを叶えてあげる。その代わりに君たちの命をもらう。これは契約だ」
「おい、いつまで抱き着いているんだよ、我が夫よ」
ずっと黙っていた滋賀栄助が遂に声を発した。イライラが伝わってくる。話し合いなんて無駄だから、とっととバトルパートに入れって目力で訴えている。
「叩き切って事件解決だぜ」
「僕を切る。う~ん、それは困るなぁ。僕は能力が高い分、素の身体能力は低いからなぁ。でも、この姿じゃないと能力が発揮できないし」
ベラベラと自分のことを話す悪魔だ。確かにもう考えるより即行動で倒し切ってしまった方がいいような気がしてきた。百鬼のこと、作者のこと、百鬼将のこと。聞きたいことは山ほどあるが、それをコイツが話すとも限らない。奴は自分が楽しいことしか話さない気がする。
小声で静かに発した。
「分かりました。あと5秒で放します。短期決戦でいきます」
栄助の好戦的な目が一段と煌めいた。




