軟禁
被害甚大、死者多数、首都は壊滅した。そもそも百鬼は『暴神立』を使用しない限り絶命させることができない。親方様は辛くも逃げ切ったみたいだが、もう霊界の京都の町は原型を留めていないらしい。
脅しではなかった。本当に戦線布告だった。奴らも必死なのである。生き残るために。
奉行所の居間で二人きりになっていた。囲炉裏を挟んで正座をして向かい合っている。辺りは薄暗い。
「緊急会議がなされるそうです。私も出席を要求されています」
「あれ、下っ端じゃなかったっけ?」
日頃は陰陽師の裏事情など露ほどの興味も示さない滋賀栄助だが、今回は真面目に話を聞いている。
「確かに私は式神も有していない下っ端ですよ。しかし、定期報告はしっかりしていたんです。妖怪を倒す度に。それが我々の義務ですから」
「それで調べがついたわけか」
「…………。滋賀栄助さんを連れてくるように言われています」
「まぁ。そうなるよね」
『百鬼閻魔帳』と『暴神立』の没収は避けられないだろう。奴らに唯一、対抗できる品をこんな下っ端と部外者に預けはしない。また、栄助が百鬼に狙われていると分かれば、軟禁は覚悟しなければならない。だが、これも都合良く考え過ぎかと思う。上手く説明できなければ二人とも殺される。腹を切ることになる。
「逃げてください」
「何からだよ」
「陰陽師の世界は柔軟ではありません。疑わしきは罰せよ。きっと栄助さんは殺されます」
「私が死ねば百鬼も一緒に消え去るとでも?」
「そんなことも考えられない場なんです。本部壊滅につき、冷静な判断力は完全に欠如しています。誰もかれも、誰かに責任を押し付けたい気持ちで一杯なんです。この数百年、本部が襲われることなどありませんでしたから」
「それで、少なからず百鬼と戦っていた私たちに、何かしらの責任を押し付けたいと?」
「百鬼の回し者め。そう思われるのでは」
死ぬことに恐怖はなかった。陰陽師として生きる以上は上級職にならない限りは命の保証などない。明日無い命かもしれない。しかも、名誉ある殉職ではなく、仲間に裏切り者の汚名を背負わされて、腹を切って死ぬのだ。ただの憂さ晴らしの為に。
もう感情の籠る要素はない。
「死んだ目をするなよ。そんな辛そうな顔をしても始まらないだろ。今まで必死に人々を守る為に戦って来たんだろ。胸を張って会議に挑めよ。冷静に考えて、お前が殺される理由なんてないじゃないか。むしろ、友好的に受け入れて貰う話だろ」
初めて栄助から優しい言葉を聞いた気がする。そんな感情を胸に置き、それでも絵之木実松が顔を上げることはなかった。
「いえ、終わりなんです。封書にもう死を覚悟するように書いてあるんです」
陰陽師は不確定要素を極度に嫌う。作者不明の攻略本、正体不明の妖怪、唯一百鬼を殺せる刀、滋賀栄助が狙われる理由、百鬼の出現理由、何より滋賀栄助とは何者なのか、説明できることなど何一つない。
「なぁ。これからどうするんだ」
「本部に向かいます。そして死にます」
「させるか、この野郎」
滋賀栄助が思いっきり身体を伸ばして擦り寄り、実松の顔面を引っぱ叩いた。
「うっ」
「甘えてんじゃねーよ。根性見せろや」
「根性ってなんですか! 私にどうしろって言うんですか!」
「命令なんて無視して逃げるとか、腹切れって言われたら拒否するとか、それで殺しにかかってきたら返り討ちにするとか、死んだふりをするとか、笑ってごまかすとか、生き残る方法なら山ほどあるだろ!」
「それが出来たら苦労はしないんですよ!」
涙が溢れていた。恐怖で心が支配されていた。目上に逆らうな、そう心に沁みついているのだ。上の人間が死ねと言われれば死ななくてはならない。それが陰陽師の掟だ。それを了承して陰陽師になったはずなんだ。
「ですから、私はもう死にます。はい」
「結婚しようぜ」
は?
「だから、結婚。誰ともしたくない、ってずっと言い続けてただろ。だから私はお前と結婚する。この世で唯一、まぁ一緒にいてもいいかなって思えたんだ」
「いや、あの、この男。もうすぐ死ぬんですけど」
「死ぬなよ。旦那に先に行かれたら私が悲しむぞ。お腹の子も悲しむぞ」
「いえ、いませんよ」
「まあいないけども。これは生きる理由にはならないか」
生きる理由にはならない、死ねない理由になるだけだ。死にたくないと思う気持ちが大きくなるだけだ。
「私を励ましてくれるんですか、ありがとうございます」
「はぁ? 求婚なんですけど、単純に。ずっと二人で一緒にいようよ」
ロマンティックの欠片もない言い方である。抑揚なく、ぶっきらぼうに、アッサリとした言い方だ。
(そうだ、僕はこんな人を好きになったんだ)
「なんだろう。死ぬかもしれないって時に、人生で一番うれしいです」
「ふーん。そんなものなのか。じゃあ夫婦に隠し事はなしってことで、ちょっとだけ私が何者なのか教えておこうかな。これを知っておけば、少しは安心できるかもしれない」
「えっ、今までずっと教えてくれなかったのに。教えてくれるんですか?」
「あぁ」
今までの好戦的な笑顔ではなく、ニッコリとした笑顔で、にこやかで朗らかに。まるで幸せを訴えるかのように。元気よく言い放った。
「私はもう死んでいる。私は幽霊だ」




