西洋
その鎧と死骸は露のように消えた。何も残さず、ただ霧のようにどこかの風に揺られて消えていったのだ。交渉しにきたという割には、何の話し合いにもなっていなかった。奴は要求に対して意固地になることもなく、ただ言うだけ言って消えたのだ。
「脅しかよ」
「宣戦布告ではないとすれば、本気でただの懇願かもな」
まさか、百鬼の連中は滋賀栄助に勝てないことを悟っているのだろうか。あの百鬼将といった妖怪だが、自らが戦おうとはしていない。一目散に逃げやがった。ここで二騎の百鬼が力を合わせて宵闇を襲えば、勝ち目はあっただろう。まるで戦闘の意思が感じられなかった。あれだけの狂気を放っていながら。
「随分と私が怖いんだな」
「そうなんですかね」
★
結論から言おう。奴のあの発言は脅しではなかった。
陰陽師には地方を取りまとめる本部が京都に存在する。妖怪が住まう裏側の世界に存在し、その大都市のお膝元では、陰陽師が使用する武器や狩衣。お札や神具などを制作している。その中心に天守閣と言える御屋形様の住まう城『御門城』が存在する。
その場所が襲われた。京の町が一夜にして崩壊したのだ。たった一匹の竜によって。
百鬼将『伊代羅刹龍』。西洋の竜神の姿をしているのだが、武者のような甲冑を纏っている。頭には大きな二本の白い角が生えており、逆立った白銀の髪をしている。また、将軍のつける真っ赤な兜を被っている。肩の上には、障子の板を垂直に立てている。腰には藁で出来た紐を巻いている。
腕が四本ある。その全ての手に真っ白な直刀を持ち、空を浮いている。天空よりその巨大に構えた城を優雅に見下ろす。その背後には、総勢30匹ほどの竜の姿をした百鬼が現れたのだ。龍など百鬼の中では少数しか存在しない。そう、伊代羅刹龍くらいしかいないはずなのだ。それなのに。
「我こそは伊代羅刹龍。天よりこの世に死と絶望を蒔く為、馳せ参じた」
つまり、多くの百鬼をこの妖怪が竜の姿に変えてしまったのだ。それがこの百鬼将の能力。
当然、現地で御門城を守っていた全国から選り抜きされたエリート達が、この未曽有の危機に立ち向かった。本部に控えている陰陽師など、数えらえないほどいる。鬼術により強固な結界を張り、式神を惜しみなく出現させ、あらゆる強固な罠を発動させた。
が、百鬼の軍勢はそれを遥かに上回る。背後に控えている竜たちの使っている武器が意味不明なのだ。レイピア、アックス、ウィップ、チェーンソー、ダガー、車輪のような武器もある。間違っても江戸時代に存在するような武器ではない。その敵軍の武器に陰陽師たちは困惑した。




