少食
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絵之木実松は陰陽師だ。陰陽師の家系ではあったが、特に才能があるわけでもなく、式神を持っている訳でもない、いわば役立たず。故に江戸の町に島流しになったわけだ。清廉潔白な真面目な性格である絵之木にとって江戸の淫らな空気は合わなかった。
悪鬼の出現が多発している。そんな噂を聞いて、一丁前の正義心を胸に江戸を救う英雄になろうと思った。悪鬼を倒せる術が存在しない絵之木にとって、そんな夢は世迷い事でしかないのだが、それでも見据える夢があった。新天地にさえ赴けば、きっと自然に強くなって、自然に皆から認められて、有終の美を飾るものだと。だが……。
「なぁ? 陰陽師。俺に付いてくるとか暇なの?」
「私はお勤めを果たしているだけです!」
この目の前にいる女。中性的な顔をしている、派手な可愛らしい花柄の着物を着ている、丁髷がまるで似合っていない、なのに自分の阿呆な格好を全く恥じていないこの女。傍から見ると二度目しても性別の判別がつかない。頭だけは男、顔は判別不能、身だしなみは女。本人は自分は女だと主張している。そんな摩訶不思議な存在。
この女について分かった事と言えば、私のように幕府から派遣された陰陽師ではない。武士らしく刀を差しているが、お世辞にも武士のような体型をしていない。いつもは無表情なのだが、時々思い出したかのようにクスクス笑う。気味が悪い。
お奉行と私はこの女を追い出そうと躍起になったが、結局成功はしなかった。相手にされていない。目の前で怒鳴ろうが、命の危険を話そうが、腕を引っ張ろうが、彼女は最後まで抵抗する事も反抗するこtもなく、事件現場に居残った。
後に幕府の使いから、彼女を悪鬼退散を一任せよとのご通達が来た時には頭がクラクラした。彼女の口からそんな言葉は聞けなかった。言ってくれれば良かったのに。渋々失礼な態度をお詫びしたら、それも完全に無視された。もう勝手にしてほしい。
コッチは初任務として期待に胸を膨らませながら、かつ戦うべき相手の事に胸を馳せているというのに。この女ときたら難しい顔をして団子屋で固まっている。
「これ以上食べたら腹を壊す。しかし、それを差し引いてでも……」
そんなさもどうでもいい事に脂汗をかきながら真剣に悩んでいる。悪鬼を打ち払うためには腹ごしらえが必要だとか行って自分から団子屋に入ったのに、たかが一本平らげただけで満腹を宣言し、残るもう一本が食べれないと言う。どんな胃袋の小ささだ。いくら女性でもそこまでの少食じゃないだろう。
「やっぱり、うん、食べられない、残す…………よかったら食べる?」
「は、はぁ……」