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腕枕

「栄助さん。ちょっといいですか?」


 「よくない」


 江戸時代の暮らしは暇なものだ。簡単に言うと何もすることがない。花見に雪見、紅葉を眺め、花火をあげる。そんな風情のある娯楽の文化が出来たのがこの時期とされる。


 「降りてきてくださいよ。ちゃんと反省会しましょうよ」


 「やだ」


 滋賀栄助は木の上に登っていた。季節は秋である。紅葉が一面に舞い、その枝の幹に寝転んで居眠りしている。腕枕をして仰向けに紅葉を眺めているのだ。だが、今は真夜中なので十分に紅葉は楽しめないはず。木の上に登るなとは言わないが、正直止めてほしい。寝相悪いくせに、落ちたら大惨事だろうに。この前の大鼠の戦いが不服だったのだろうか。一撃で勝負が決まってしまった上に、後味の悪いものとなっていた。


 絵之木実松は栄助が居眠りしている間にも本を読み返していた。百物語と呼ばれる短編集。別名『百鬼閻魔帳ひゃっきえんまちょう』。ここには百鬼の物語が書かれてある。今はこれしか情報源がない。この本にすがるしかないのだ。書見台に百物語を置き、丁寧にゆっくりとページをめくっていく。


 この作者は日本人ではないと思いながら。


 「あの、この作者って日本人じゃないと思います。やはり外国人ではないでしょうか」


 「ふん、そうなのかもな」


 興味がなさそうである。背中から寝かせろよ、と言わんばかりに哀愁が漂っている。


 「あと、あの禍々しい黒い鎧も気になります。あの大鼠には逆効果となりましたが、基本的な身体能力は上がっていました。あの鎧ってまさか……」


 「百鬼将だろ」


 百鬼将『獄面鎧王ごくめんがいおう』。百物語の中でたった五匹しかいない、別格の妖怪である。


 「相手方も本格的に我々の迎撃を目論んできたと考えるべきでは」


 「我々じゃねーよ。狙いは私一人だ」


 ぶっきらぼうに、吐き捨てるように、投げやりに、その言葉を言った。正直に言って、この任務には謎が多い。分からないことが多い。百物語の作者、百物語を滋賀栄助に渡した人物、百鬼のみを殺す妖刀『暴神立』、そして滋賀栄助が追う宿命。


 ここまで不透明なことが多くて任務に臨むことなど、陰陽師の業界ではあり得ない。ただの悪霊退治にしては、分からないことだらけなのだ。


 「あの、栄助さん」


 「……何の用だ、畜生」


 そこまで言わなくてもいいじゃないかと思い、振り返ると、そこには木の上で居合切りの構えをする、戦闘体制の栄助の姿があった。


 「敵襲ですか」


 「あぁ。ただ中身は雑魚だぜ。ただの宣戦布告に来たんだろ。なよなよした真似をしやがって。出てきやがれ、獄面鎧王!」

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