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溝鼠

勝負の最期は呆気なかった。飛んで来る暴神立の鞘を掴み取り、栄助は大きく一振りする。まるで輪切りにするように横一直線に。その斬撃は鼠の腹部を切り裂いた。


「ぎいいいい」


惨たらしい鈍い悲鳴が鳴り響く。その鼠の目から涙が静かに溢れていた。鮮血が川を汚す。大鼠は傷口が広がるように、砂や塵と化していた。


コイツはまだ悪事をしていない。誰も殺していないし、誰も傷つけてない。ただ、悪鬼というだけの理由で殺した。まるで外来の動物を駆除するように。


「死んだのか」


絵之木は大鼠の死に際を見つめていた。同情や温情ではない。義理や人情でもない。純粋に観察したかったのだ。死ぬ間際まで、百鬼とは何かについて。


「やっぱりただの溝鼠だったな」


栄助は対照的に興味を無くしたように、暴神立を鞘に閉まった。大きくあくびをすると、川の岸へと歩いていく。死体の前で哀れむような真似を彼女はしない。


次の瞬間だった。鎧が霞のように消えた。


まだ、微かにピクピクと動いている状態だったのだが、何か鎧を脱ぐような動作があったわけではない。鎧だけが勝手に消え去ったのである。


「この鎧、やはり大鼠とは関係ない」


「あぁ、別の百鬼だろうぜ。それもかなりレアなはずだ」


川岸に到着して恥じらいもなく、服の水分を雑巾を絞るように落としていた。とても巣が巣が巣がしそうな顔をしている。一仕事終えたら後の満足感という奴だろうか。


「まぁ、今回は楽勝だったな。なにせ相手が溝鼠だったわけだし」


またも溝鼠と罵る。百物語ではそんな汚ならしい表現ではなかったのだ。むしろ神獣という表現方法であったのだが。


(いやだ!死にたくない)


油断していた。人間は勝ったと想った瞬間が一番危険なのである。あの、死にかけの大鼠がテレパシーのようなものを送ってきた。まだ、こんな力が残っていようとは。


(何で殺されなきゃいけないんだ!こんな異界の地で! そもそもここはどこなんだ! あぁくそ、痛い!痛い痛い痛い。痛い!死んでしまうのか!私は! このアーヴァンクが!)


ワケが分からなかった。奴の言葉を何も飲み込めなかった。次の瞬間に恐ろしいことが起こる。


「私は溝鼠などではない!! 私は神だ」


その言葉を最期に大鼠は消えた。知能がないような怪物が、理性を取り戻し、人間の言葉を話したのだ。



調べた結論を綴る。奴のモチーフは「ビーバー」。外来生物で、欧米などに生息。鼠の仲間だが、鼠ではない。


で、なんで、日本の書物である百物語に、ビーバーの怪談が生まれるのか。あのアーヴァンクと名乗った悪鬼は、この地を異界の地と呼んでいた。確かに奴はこの環境に馴染めていなかった。


奴の美女好きという特徴は、奴の美女の基準が、欧米系の女子なのだとしたら。日本の美人を悪鬼は美人といて考えないだろう。


「作者の顔が少しずつ見えてきた」

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