橙色
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「ぐぎぎぎぎgggggggg」
「やめたらどうだそれ」
あの大鼠の前に現れた大男。その名を百鬼将『獄面鎧王』
2mは優に超す超巨大。濃い紫色の鎧に筋肉のような筋が浮き出ている。狼とも獅子とも思える顔立ちをしており、橙色に染まる鬣が靡いている。その鎧のショルダーには笑う骸骨が、片方に二つずつ、計四つ。その巨体に相応しい大剣を片手で持つ。
「ぐぎぎぎぎ、滅相もございません」
「ふん」
水面にその大男は立っていた。先ほど、滋賀栄助と絵之木実松と戦闘を繰り広げた、大鼠の巣がある近くの辺。その怪物は大剣を地面に刺すわけでも、肩に背負うわけでもなく、ただ右手で掴んでいる。
その大剣はまるで龍の牙のようだった。上顎から上を切り取ったような歯並びが装飾としてついている。大剣というよりノコギリだ。人間の姿でありながら巨大な尾を持っている。その顔まで覆う禍々しい鎧からは白い煙が立ち込めている。
「あの女を殺せ、そして百物語を奪い返せ」
大鼠を上から見下ろし威圧する。声を発するたびに地響きが鳴る。
「百鬼将さま。私は……」
「戦いたくないと?」
「ここは私にとって異界の地でございます。私は生前に様々な殺人を犯しました。美女を何匹も食い殺しました。地元では私のことを神獣と呼んでくれるが、私の本質はただの怪物です」
「この地に貴様の望む美女はいないはずだ」
「えぇ。延々探し回りましたが、本当にこの地の人間は醜い者しかいない。なんと醜いのだろうか。でも、いいのです。この穢れた地で、私は生まれ変わるのです。もう誰も人を食わず余生を送ります。このアーヴァンクにどうか休息を」
鎧の男は動かない。反応しない。反論しない。ただ、表情を仮面の下に隠し、沈黙している。大鼠の緑白色に光る三つの目が薄く輝いた。
「それが叶わないのであれば、殺してください」
クロスオーバー。本来交わるはずのない、この二つの悪鬼。
「そうか。私は貴様に死ねとは言わない。生きろとも言わない。自分の世界だ、自分にとって有意義に生きろ。しかし、貴様の物語はもうじき終わる。それは私には止められない。貴様が足掻く努力をしない限りは止まらない」
「そんなことは………分かっています」
「私には分かっているようには見えないが、死にたいというのであれば是非もない。心逝くまで己を真っ当するが良い。ただ、貴様。水面に映る自分の姿を、己の眼に晒してみよ」
「う、うわ、うわぁあわ」
「貴様は溝鼠だ。今も昔もこれからも。物語が終わっても話が続くなどはあり得ない。人に噂されてこそ、鬼だ。貴様は塵芥と消える」
「どうして、どうして、どうして」
「ふん。何億と何世代に渡って生き物を殺してきた怪物の断末魔としては滑稽だな」
「うううううう、ぐぎぎぎぎ」
「馬鹿め。『暴神立』なぞ奪いよって。それが貴様の死を告げる便りと、どうして分からぬのだ!!!」
神獣でも怪物でも悪鬼でもない。ただの溝鼠。
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