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表記

 「へくしょん!」


 すいません、カッコいい台詞の後に、気の抜けること止めて頂いてもいいですか。


 「というか、ちょっと栄助さんが風邪をひくのって意外なんですけど」


 「あぁ。身体を鍛えているから風邪をひきにくいだろうって話か。確かにそうなんだけど、マッチョって意外と風邪をひきやすい体質なんだぞ」


 「あっ、いやそういう意味じゃないです。もういいです」


 顔が真っ赤になっている、熱があるのだろう。いつも以上にぼーっとしていて具合が悪そうだ。


 「あれ、お前何しているの?」


 「本を読みこんでいるんですよ。陰陽師の基本です」


 とは言っても、あの『海狸鼠』の伝承などどこにもない。百物語は穴が開くほど読み返したが、打開策は思いつかなかった。唯一、出来ることは、あの鼠のモチーフを探すこと。川に堤防をつくり、樹木を前歯で削る動物。そんな生物がこの世にいないか、探すしかない。


 「まあ頑張れよ。私は身体がよくなるまで寝ます」


 お前も手伝えとは言えなかった。あの時、崖から落ちる前に助けに入らなかった自分に惨めさを感じているからだ。拳を自分の太ももに叩き付ける。弱い自分が情けなくて堪らない。


 「やはり、あんな動物はいない。川獺かわうその類かと思ったが、そうでもないし」


 調べた結果は全てハズレ。まるでヒットしない。あんな面妖な生活をする生物など見たことがない。


 「やはりあの動物の習性は作者の妄想なのかな。川を塞き止める動物がいるって物語を描いたのか」


 それって怖いのか? 怪談として成立しているのだろうか。あの鼠は襲ってくるまでは恐怖心は一切感じなかった。やはり元の生物が何か分からない。


 「頑張っているねぇ」


 「お奉行殿」


 この奉行所を貸し出して下さっている方が来た。将軍家にも息がかかっている役人である。優しそうな笑顔で茶菓子とお茶を持ってきてくれた。


 「なんだい? 随分と険しい顔で生き物の研究をしているじゃないか」


 「はい。ちょっと有り得ない生物を相手にしていまして」


 「ほぉ。それはごご無体な」


 百物語の作者の顔が見えてこない。血染蜘蛛にしても底無し茶の間にしても、どうやってこんな世界に存在しない生物を思いつくのだろうか。この作者は本当に日本人なのだろうか。


 「いや、日本語で表記されているしなぁ」


 あの場所のことをよく思い出してみる。川の流れが鳴くなっていたお陰で湿地が出来ており、水草や魚が多い印象にあった。それを狙う渡り鳥なども。一見は環境を破壊しているように見えるが、実は奴は自然界に準じており、地域を豊かにしていた。あの空間は独自の生態系を生み出していた。

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