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愛玩

 「なんの生物だよ、あれ」


 気がつかれないように、丸太の陰に身を隠している。今は戦闘をする気はない。奴の動きを少しでも観察し、情報を集める。出来れば一日の正確な行動パターンを記録したい。百物語で書物を読んである程度の性質は理解しているが、実際に相対してみないと分からないこともある。


 「あっ、いた。クソ鼠」


 ふと気を抜いた瞬間に真横に滋賀栄助が立っていた。かなり様変わりをしていたが、声色と身長からそれが彼女であることに気が付いた。


 「栄助さん…………」


 「さぁ、この美女に食らいつくがいい」


 「あの……」


 酷い。返せ、わくわくした時間を。髪をおろしただけじゃん。それでも可愛いけど。服も男物、化粧など一切していない。脇差を指して全身から戦闘オーラをまき散らしていく。顔が怖いよ、獲物を狩る怪物の笑みだよ、それ。それでも可愛いけど。


 「あの……その……栄助さん?」


 「なに?」


 「ちゃんと女の子じゃないですか」


 「そう自己紹介しただろ、女だって」


 「もうちょっと努力しましょうよ。誘導作戦なんだから。あの妖怪に可愛いって思ってもらわないと、誘き出せないんですよ。もうただの田舎の女の子感全開じゃないですか」


 髪はボサボサで整えられていない。あとはいつも通り。そんな滋賀栄助である。確かに女の子には見えるが、それだけである。


 「はぁ? 顔を白く塗れと? 無駄に重い着物を着ろと? 歩きにくい靴を履けと? 無意味に傘や扇子を持てと? 今から決戦だって時に?」


 うん、この作戦は成功しない。だって、この人は自分が囮になって敵を誘き出すことよりも、いかに返り討ちにするかしか考えていないもの。真剣に可愛い女の子になる気持ちが薄いんだもの。そりゃあ、あの巨大鼠も襲い掛かってこないよ。


 「ん? 巣から出てきた」


 「あっ、本当だ」


 探している……。首を左右に振って、まるで警戒するかのように、周りを見張っている。これはまさか、美女を探しているのか。咄嗟に物影に隠れて息を殺した。奴を討伐するチャンスだ。


 「よし! 出番だな!」


 川沿いの砂利道に足を踏みいれ、わざとらしく音を立てながら、満天の笑みで川へと向かって行った。


 「あぁ、そうですねぇ」


 その自信満々の顔つきを見て、ため息がこぼれる。もういっそざまあない結果に終わってくれ、って思ってしまった。その安易な可愛くなる努力で、誘き出せると思うなよ。合図など出す素振りもなく、堂々と正面から近づいていく。可愛い顔が台無しだ。全身から溢れる殺意がこっちにも伝わってくる。


 うまくいくのか、こんな乱暴な作戦で。


 川の水面に両足が浸かったところで事態が急変する。鼠が天を仰いだ。


 「ぎいぃぃぃぃぃ」


 突然、叫んだ。思ったよりも低い声だった。怪しく光る眼が水面に反射している。強靭な前歯を見せつけ、以前に見せた威嚇と同じポーズをしている。栄助に負けない殺気を感じる。少なくとも愛玩動物として擦り寄っているようには見えない。


 「おびき寄せようって作戦でしたよね」


 そうボヤいている間に既に戦闘は始まっていた。大鼠に向かって栄助が居合切りを放つ。ただし、陰陽師である絵之木から見ても、その居合はうまくない。鍛錬により会得した技じゃない。見様見真似だ。勿論、そんな付け焼刃が決まるはずがない。あっさり後方に躱されてしまった。


 「いや、誘導作戦は?」


 そんなことを思いつつも、もう自分も隠れている意味がないと思い、身体を乗り出す。髪を下ろしてくれた姿を見れたのは嬉しかったが、やはり滋賀栄助は脳内まで筋肉で出来ていると思い知らされた。


 「ん?」


 やはり地の利は向こうにある。水面を途轍もないスピードで移動する鼠に対し、栄助は着物が水を吸って思うように動けない。おまけにここ何日かの戦闘で判明したことがある。彼女の身体能力は猿並みだし、体力も無尽蔵だ。野性的な直勘と『暴神立』という強力な武器を持っている。しかし、この人。剣術に関してはただの素人だ。木の枝を持って振り回すガキと大差がない。


 「もっと早く気が付けばよかった……」

 

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