奉行
蜘蛛の伝承を残した逸話なら山ほどある。日本書紀から現代に至るまで。蜘蛛はあらゆる方法で人間を化かしてきた。その生体が山の中だけではなく、人の営みに適応していることが、妖怪としての繁栄に繋がっているのだろう。
「で? そこでウロチョロしている坊主は何者だ?」
「さぁ?」
二人の影を前に女性がいた。お奉行が死体を前に観察しているのを前に、辺りを見渡している。女性にも男性にも見える中性的な出で立ち。顔が小さく、目が大きい。髪型は男のする髷なのだが、着ている服は上品な着物だ。
「あの……お前さん……」
「自己紹介、滋賀栄助。噂を聞きつけ参上した」
お奉行は眉間に皺を寄せた。私もさぞ迷惑そうな顔をしていたのだと思う。
「刀を腰にさしているってことは、餓鬼でも女でもないんだろ。だったらそんな晴やかな格好をするものじゃないぞ」
「被害者と同じ格好をしていると、俺を狙ってくれるかもって思って、わざわざこんなダサい衣装を家から持ってきたんだよ」
悪びれる素振りはない。また、馬鹿にしている様子もない。まるで我々がそこにいないかのように振舞っているという表現が正しい。妖力を検知してみるが、ただの人間であろうという診察結果しか出ない。これでも陰陽師の端くれだ。自分の危機察知能力には自信がある。だからこそ、コイツが何者か分からないので気味が悪いのだが。
「そこの死んだ娘の知り合いか?」
「それなら今頃死体に寄り添って泣きじゃくっているんじゃない?」
「違うのか」
「うん。俺も君たちと同じでこの妖怪を退治しに参上仕ったってことだよ」
ハツラツとした元気の良い声でそう言い放つと、有り得ない超脚力で天井までひとっ飛びし、顔をゆっくりと振って辺りを見渡している。「降りて来い、小童が!」とでも言うべきなのだろうが、その人間離れした姿を見ると、二人共言葉を失ってしまう。
危険地帯として人払いは済ませた。関係者にさえも近づかないように言ったはず。今頃、若い衆が町に入れないように封鎖しているはずだ。これには陰陽師の結界の力も利用し、絶対に人が入れないようにしている。それをコイツは突破してきた。それだけ見ても、こいつは普通の人間じゃない。
「専門家よ。奴がこの女を殺した蜘蛛ではないか?」
「妖力を持たない以上は妖怪じゃないと思いますが……」
「では、今の動きについて説明せよ」
「それは陰陽師である私にもちょっと……」
妖怪の小型化、捕食目的ではない殺人、怪異談を残す自己主張。そして謎の少年(少女?)。ここまで説明不能の自体が並ぶと気味が悪い。
「佰物語」
不意の出来事だった。屋根の上で佇んでいた彼女が不意にそう口にした。
「人が変わり、暮らしが変わり、時代が変わった。この地に新しい怪異談を持ち込もうとしている連中がいる。この江戸に『人工的に創られた』妖怪が解き放たれた」