大鼠
雄の三毛猫は航海に連れていくと事故にあわないとされるなど、非常に貴重な縁起の良いものとされる。出生率が雌と比べて極めて低く、この江戸時代から貴重とされたのだ。飼い猫の文化が発生したのが、この時代だとされる。食べ物が戦国時代より裕福になり、それを狙う鼠が大量発生した。その鼠をひっ捕らえるべく大量の猫を飼育した。
「招き猫」の文化が出来たのも江戸時代である。店頭に招き猫を置いておくことで、「お守り」になると信じていたのだ。生き物を大切にする風習が芽生えた時代。今回はそんなお話。
ではない。鼠のお話しだ。
人間の腰の位置まである鼠。邪悪な細い目が三つ、緑白色の光をしている。ノコギリのような大きな牙。人の二の腕ほどの太さの尻尾。薄い黄色の体毛が逆立っている。鼻が曲がるような異臭を放ち、口からは煙を吐く。鼠は群れで暮らすという掟を破り、たった一匹で行動している。そして、右腕で猫の尾を持ち、ぶら下げて、頭から捕食する。その猫は既に首を噛み千切られ絶命していた。
声を発することなく、何か無駄な動作をすることなく、建物を破壊することなく、ただ自分より身体が小さい生物を狙って捕食する。明らかに現実離れしている見た目の割に、人間の害を出さない。
「あれが通報があった巨大鼠か。想像以上に気持ち悪いな」
「鼠じゃないかも。耳の代わりに角があるから」
「えぇ。百鬼でしょうね。もう間違いなく」
絵之木実松と滋賀栄助は通報のあった街に来ていた。そこそこ栄えている繁華街。行列が立ち並ぶ道の真ん中に、この鬼はいた。鬼と表現するしかない。こんな巨大な鼠。いや、でも鼠という言い方も、やはり違和感がある。毛皮の形が鼠らしくなく、足には水かきがある。これはもう鼠じゃない。
「百物語によると、奴は川の近くに拠点を置くみたいです。なんでも別嬪さんを狙って動き回るだとか」
「さすが陰陽師さん。調べているねぇ」
「あなたは下調べしなさ過ぎなんですよ」
猫を骨まで平らげると、四つ足を地面につけた。異様に伸びた前歯をこちらに見せつけ、腰をかがめている。
「威嚇のつもりかな」
「さぁ。でもそろそろ攻撃してみましょうか。被害者が出る前に」
「じゃあさくっと終わらせよう。『暴神立』!!!」
滋賀栄助が脇差から愛刀を抜いた。と、同時に大鼠も動きを見せる。何を発することもなく、一目散にその場を立ち去ったのだ。当然、追うことを検討したが、とても人間の脚力で成立する追いかけっこではない。気が付いた時には煙と消えていた。




