三匹
他にも彼女には成敗し損ねた悪霊がいる。彼女は私と知り合う前に数匹の百鬼と交戦している。
「蝙蝠は姿を晦ました。二首の蛇には返り討ちにあった。あとは毒の竜がいたな。そいつは倒したはいいが、復活されて逃げられた」
「よくそんなに相手にして生き残れましたね」
「俺もタフだがらな」
今もどこかでその三匹は人殺しを繰り返しているかもしれない。そう思うと、たった三匹しか仕留めていないという事実はかなり絶望的な事かもしれない。
「そしてまだ幹部の連中は顔を出していない」
「百鬼将ですか?」
この佰物語の全100話は繋がっていない。全てが独立した物語だ。なのだが、この話の中に百鬼将と自分から名乗る百鬼が複数存在した。数は片手の指で数えるほどしかいないのだが、その妖怪たちは他の妖怪とは違い、人型をし、姑息な手を使わず、隠れ潜まず、堂々と人類に牙をなす。まさに別格という表現技法であった。
「いずれ戦わなければなりませんね」
「そうだな」
そう格好良い声で言いつつも、左手はゆっくりとお腹を摩っている。絶食過ぎると思うくらい、胃が小さいのだろうと思った。それでも食べ物を残すまいと必死に最後のひと串に手をかけるが、口に運ぶ前に断念する。
「勘違いしないでくれ。私は甘いものが大好きなんだ。団子も大好きだ。だから……」
「好きだけど、お腹いっぱいで食べられないと」
「そういうことだ。だから……」
「食べましょうか?」
「うん」
呑気に食事なんてとっている場合じゃないと思うべきか、腹が減っては戦は出来ぬと思うべきか。目を瞑って空を見上げる。この戦いを誰が仕組んだのか。誰の手のひらで踊らされているのか。考えても検討もつかない。
「きっとこれからアイツ等を倒していけば、自然と答えが見つかるはず」
「答え?」
「この本を書いた人間の正体や、なんで本から悪鬼が具現化したのかとか、相手の目的が何なのかとか」
「そんな事を考えて戦っていたの?」
ちょっと小馬鹿にする言い回しで下から覗くように私を見ている。馬鹿にするなと言い返そうとした瞬間に彼女は倒れるように畳の上に寝そべった。今更口を開く気にもならない。ため息、欠伸、頭をかきむしる。そして本当に眠ってしまったかのように、何も喋らなくなる。
「とにかく私は新しい悪鬼の情報を仕入れてきますからね」
「おぉ。頑張れや。応援しているぞ」
何とも気合いのこもっていない応援である。それよりも彼女のだらし無さに周りの人の視線が痛い。
「食べたあとにすぐ寝たら牛になりますよ」
「食べて寝ただけで牛になれるなら苦労はねーよ。単純に不健康で無礼なんだよ」
そこまで分かっているならするな。




