団子
滋賀栄助は笑うだけだった。肯定も否定もしなかった。せせら笑うだけ。この本をどこで見つけた、百体の悪鬼が実体化した理由、それらを語ることもぜず、ただニコニコしているだけだ。喜怒哀楽の激しい人だ。ここまで唐突かつ意味不明に顔つきが変わると何を考えているかさっぱり分からない。
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陰陽師の戦いは悪鬼を複数で取り囲んで倒すのが基本である。悪鬼を2人で倒そうなど言語道断だ。だから、京都にいる上司に事情を説明し、応援を呼んでもらうことも考えた。それをしなかったのは、この件があまりに事情を説明できない。何も知らないし、何も分からない。こんな状態で誰かに相談できるはずがない。
この江戸の町を守る英雄になるつもりだった。しかし、気持ちとは裏腹に思い通りに事が進んでいる気がしない。そもそも相手は妖怪なのか、本当に悪鬼なのか。どうも気がかりでならない。血染蜘蛛も、底無茶の間も、悪霊と戦っている気持ちはしなかった。
「このままでいいのか……」
そんな私の不安など馬鹿みたいに笑い飛ばしながら、この女は呑気に団子屋で団子を食べている。だが、また完食していない。こんな危険な話を街中で話す訳にもいかない。だから人通りの少なそうな店を選んで、店の奥の出入り口から一番遠い場所で密会を行っている。
この女性、男のような格好をした女。滋賀栄助は確かに信用できない部分は多い。今すぐ正体を暴いてやりたい所存だが、今は分からないのである。彼女がどんなに生意気な態度をとっていても、礼儀のなっていない行為をしていようと、この人とペアリングが切れる訳にはいかないのだ。
「食べ過ぎで胃が痛い」
「どんな胃の大きさですか。こんな小さいお団子なら、何本でも食べられませんか?」
「少しずつ食べるから美味しいのだよ、絵之木くん」
始めて名前を呼んでくれた気がする。ずっと興味がないように、傍にいながらも無視していたが、今になって少しだけ会話をしてくれるようになった。
「そういえば、これで百鬼討伐は三匹になりますよね」
「あぁ、そうなるな。先が思いやられるよ」
「どんな相手と戦ったんですか? 一匹は倒したんですよね」
皿の上に残った団子の串を差し出すと、寝転んでいた身体を起こして自慢気な顔をした。鼻を下を擦りながら嬉しそうな顔をしている。
「坊さんを倒した。電撃を操ってくる厄介な野郎だったが、私の敵ではなかったな。頭に剣道で使用する面の代わりに、洗濯桶のような物を被っていたな」
洗濯桶とは失礼な。それはおそらく虚無僧とは、禅宗の一派である普化宗の僧のことであろう。頭に被っていたものは天蓋と呼ばれる被り笠だ。




