姫様
獄面鎧王は悩んでいた。人類を救うという使命感など消え失せた。元からただの学者である。何の凄い人間じゃない。彼は柵野栄助という最高の悪霊に立ち向かう勇者ではない。矮小な正義、弱小な志、貧弱な意思。元より彼はここまで戦いが激化するとは思っていなかった。あの雪山で薬袋的を殺した瞬間に自分は正義を成し遂げたと思ったのだ。
悪霊をやっつけた。人類の危機を救った。自分だけが柵野栄助は危険だと最初から察知していた。だから先んじて殺してやったのだ。どうだ、素晴らしいだろう。これは名前が語られることのない英雄と呼んでもいいのではないか。
……なんて。そんな勝ち誇った気持ちを抱いていたら、あっさり殺されていた。あの雪山で黙示録の騎士に一緒に殺されていた。そのまま死体が昭和の時代から消えて無くなり、この時間が繰り返す江戸時代へと飛んでいた。滋賀栄助をまた倒せば世界が救われると思っていた。しかし、現実は違った。百鬼同士のバトルロワイアルを強要された。「そうじゃない、本当の敵は滋賀栄助なんだ」と訴える。しかし、聞き入れて貰えない。
ようやく誤解が解けた時にはもう遅い。薬袋的が柵野栄助に昇華していた。勝ち目のない存在へ進化していた。仲間は次々に消える。敵はどんどん強くなる。遂には戦う理由を見失った。元の時代に帰ることが出来るだろうか。そんな不安が焦燥として襲って来る。表現できない罪悪感が身体の外側から襲い掛かって来る。
自分は野次を飛ばす批判家、いや匿名で掲示板に誹謗中傷を書きなぐるアンチだ。およそ学者の姿ではない。どうして薬袋的の存在を正確に分析しなかった。どうして解析しようという思考に至らなかった。どうして分かり合おうとしなかった。どうして冷静さを失った。狂っていた訳ではない。悪霊を受け入れない姿勢は人間としては正しいはず。世界の変化に合わせて、心を狂わせなかった。進化の方舟に乗り遅れた。
「どうすればいい……」
まだまだ悩んでいる。心を惑わせている。そんな情けない姿を見て人狼はイライラしている。
「帰って来たぞよ……」
気が付くと目の前に柵野栄助がいた。とある人間の死体をお姫様抱っこして。大事そうに抱え込んで。この人間が死んでいることに涙を流しながら。それでいて、何処か朗らかな笑顔をしている。とても人間らしい、悪霊らしくない顔。まるで卒業式で生徒を送り出す担任の先生のような笑顔をしている。
「柵野栄助……」
そして……恐怖が降り注ぐ。棒立ちしている柵野栄助に包帯男が奇声をあげて突進した。




