痙攣
もう駄目だ。殺されるしかない。逃走も命乞いも無駄だろう。抗って戦うなど殺されるしかない。
「そうか。俺はもう完全に悪霊だと判断されたのか」
柵野栄助はゆっくりと笑顔を浮かべる。
「私はお前に助けてほしくてここに来たんだがな。今、最後の百鬼と戦っているんだが。どうにも精神攻撃が多くてな。心が落ち込んで立ち上がれないんだ。私は癒しが欲しかった。慰めて欲しかったからここにきた」
そんなか細い声で懇願するも気持ちは届かない。悪霊に怯える人間が目の前で背中を丸めて蹲るのみ。身体が痙攣するかのように震えている。
「早く殺してください」
「そうだ。一緒に昭和の時代に戻ろう。この世界を媒体にすれば、あの世界に帰る妖力は手に入る。二人で暮らそうよ。そうだ、貴方の子供を産んであげる。一緒に育てよう」
「早く殺してください」
「なら、別の時代に飛ぼうか? 石炭紀なんてどう? 陰陽師という名前が台頭した平安時代でもいいよね。それとも、もう一度江戸時代を繰り返そうか。今よりも世界の進んだ令和の時代に行きますか? 私は貴方と一緒なら何処へでも行くよ」
「早く殺してください」
「貴方を愛しているの。貴方と愛し合いたいの。ずっと一緒にいてくれるって約束したでしょ。手を取り合って生きようよ。どんな困難も一緒に乗り越えようよ。私は貴方さえいてくれれば他には何もいらないの」
「いいから早く殺してくださいよ!」
「そっちこそ、いい加減に頭を上げろよ」
愛情が届かない。どんなに手を伸ばしても、手を取ってくれない。水辺まで馬を連れて行くことは出来るが、その水を飲んでくれるかは馬次第。自分の思い通りにならない状況にイライラする。世界を救う為に戦っているのに。その行為を応援して貰えない。
「どうして私なんですか? 私じゃなくてもいいじゃないですか」
「はぁ?」
「誰だって良かったはずだ。貴方の心の拠り所は何処でも良かったはずだ。私のような職務放棄して、家督放棄して、戦闘放棄して、神様に縋って助けて貰ったのに、このザマだ。アイツは分かっていたんだ。神木は……この世界が変わることを……この世界を崩壊することを知っていたんだ」
「違うよ。お前を守りたかったんだよ。お前を助けたくて必死だったんだ。この世界は初めから消えて無くなる運命だ。一切の進化をせず永延に同じ時間を繰り返すか。消えて無くなるか。それしかない。でも、お前が助かる道が一つだけあった。それが……この状況だよ」
絵之木実松の顔が少しだけ動いた。
「例え相手が悪霊でも、それでも絵之木実松の命を守って欲しかったんだ。自分のことを素晴らしいと褒めてくれた、称えてくれた親友を救いたくて、あの神木は……お前が唯一生き残るルートを歩ませてくれたんだ。お前が現時点で生き残っていることが……何よりの奇跡なんだよ」
世界の崩壊を知った神様が……独りだけを乗せた方舟を……世界から切り離した。
「お前は助かるんだ」




