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一思

 寒気がする。肌寒い。もう季節の概念などこの世界に……寒さを感じられた。


 「栄助さん……」


 目の前にいたのは、半笑いで薄い目をしている悪霊だった。真っ黒な長髪に真っ白な服。長い爪、長い睫毛まつげ。瞳が真っ白になっており、口が裂けるまで開いている。素足で真っ白な肌。全身から溢れる妖気。


 自分の妻として接してきた滋賀栄助の姿でも、自分が怪物だと罵った怪物の姿でもない。ジャンヌダルクの生まれ変わりのような仰々しい甲冑を身に着けている訳でもない。ただの化け物としか表現できないのだ。まさに、これぞ、悪霊。


 「会いに来たよ」


 「どうして……」


 「理由なんか必要あるの? 私たちは家族なのに」


 諦めた訳ではなかったのか。許してくれたのではなかったのか。あの場で分かれた時に、もう自分の夫との絆を捨ててくれたと思っていた。しかし、そんな都合の良い話はないらしい。目の前にいるのは……怨念たっぷりの悪霊だ。まさに道連れとした対象なんだ。


 「殺される前に聞いてもいいか」


 「ころす?」


 「本当に私のことを愛していましたか? 好きだったんですか?」


 「当たり前だろ。じゃないと一緒に寝てやらないよ」


 「そうですか。私も貴方のことが好きだったんですよ。でも、恋愛感情じゃなかった。僕は下種野郎なんです。自分で忙しい立場になりたくはないけど、誰かが苦しい場所には居合せたい。とっても恥ずかしいのです。上手く言葉で言い表せないんですけど」


 「いや、何となくわかるよ」


 絶対的な安全地帯に逃げ込みたい訳じゃない。戦闘狂のように自分より強い相手と戦いたい訳じゃない。云わば『冷かし』だ。火災に合うのは嫌だが、家が燃えている姿は見てみたい。陰陽師になった理由が結局はこれなのだ。自分で戦うことはしたくないが、誰かが戦っている姿は見てみたい。正真正銘の下種野郎。


 だから陰陽師という職そのものは放棄しなかった。戦う立場を捨てなかった。妖怪と式神契約だって可能だった。ポテンシャル的には簡単だったのだ。明確に自分の意思で強くなることを拒んだ。サポートに回ったのではない。自分以外の誰かが死ぬ瞬間が好きだったのだ。


 「情けないよ。死ぬ寸前になって自分の醜さに気がついたよ。本当に情けない」


 「まあ次から頑張っていこうぜ」


 「冗談言わないで下さいよ。次なんて無いじゃないですか。私は今から貴方に殺される」


 「あのさぁ。男が見っとも無く咽び泣くのは止めろよ」


 自分の死期を悟った。もう助からない。世界の崩壊に巻き込まれて死んだ方が楽だっただろう。


 「もう未練はないです。これ以上……恐怖に震えたくない。ひと思いに一瞬で殺してください」

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