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凍結

 ずっと大切にしてきた感情が薄れつつある。誰かへの愛情。人を大切にする気持ち。誰かと一緒にいたいと思う感情。それが薬袋纐纈より生まれた自分にあった感情だ。誰かを守りたいと思う気持ちが心の中にあった。幸せに生きていると実感出来ていた。それなのに……。


 「ぐ、しゃあああ!」「あががが」「ヴぁあぁぁ」「きゅあうあうあう」


 四匹の百鬼が一斉に襲い掛かる。その攻撃の全てを空間転移で躱す。今までの柵野栄助には見られない技だ。悪霊の本質とも呼ぶべき能力である。地面に戻って切り落とされた腕を接着し直した。今まで残っていた優しさが……消える。心から優しい感情が消えて行く。心が薄まっていく。


 残った感情は人間への憎悪。復讐心。こんな自分を生み出したこの世界が憎い。


 「私は世界を救う為に生み出された。でも、こんなことがしたかった訳じゃない」


 薬袋纐纈は最期に自分が思うままに生きろと言った。その口車に乗ってやろうと思う。柵野栄助は忽然と姿を消した。霧の中に身を消すように。


 ★


 「はぁ、はぁ」


 絵之木実松は何時までも駆けていた。この苦しい戦いから逃げ出した。彼は戦いの全てから逃げていた。津守都丸としての征夷大将軍とのパイプ役を放棄して、陰陽師として悪霊との戦いを放棄して、滋賀栄助の夫であることも放棄した。誰かに守って欲しかった。幸せの形が欲しかった。それは中身ではなく、外見だけ。誰かを好きになった自分が好きだっただけ。


 だから滋賀栄助が化け物になった瞬間に……自分の愛する人だと思えなかった。死人だろうと幽霊だろうと妄想だろうと怪物だろうと悪霊だろうと。それでも愛していると言えなかった。紛れもなく柵野栄助にトドメを刺した人物。最後の一押しになった人物。


 「誰も……誰もいない!」


 そう。この世界は妄想だ。人など住んでいない。初めから誰もいない。生き物など存在していない。建物は全てが偶像だ。陰陽師もいないし、妖怪もいない。全てが嘘っぱちの端末世界。謎星との戦いが頭を過ぎる。全てが誰かの妄想で塗り固められた世の中。


 「なんだ! 何がどうなっている!」


 正体が暴かれた嘘は消えゆくのみ。何度も何度も行方の年月を繰り返してきた凍結した世界は……ようやく崩壊という意味で綻び始めた。全てが光の粉になって消えて行く。滋賀栄助が死んだ以上は、この世界は長く持たない。そのうちに……絵之木実松も消える。


 「誰か! 誰かいないのか! 誰でもいい! 力を貸してくれ!」


 力一杯叫ぶものの誰にも声は届かない。残酷にも誰もいない。


 「はぁ……はぁ……」

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