暗躍
全てが非現実だ。本当に起こっている出来事など一つも無い。全てがマヤカシなんだ。そんな事は分かっているのに、その全てが現実になる。まさに世界の全てが敵に回っているような感覚。
忍者が手裏剣を放り投げる。その手裏剣が巨大化する。空中で両腕が切断された。もう激痛も感じない。握り締めていた二本の刀が地面に転がる。即座に泥人形が刀を自らの身体に吸収した。これで柵野栄助は攻撃手段を失った事になる。
人狼は攻撃の手を緩めない。軽快な足取りで高速移動し強力な腕で引っ掻いて来る。大きな目、大きな口、煤色の毛皮。そして真っ赤に染まった鍵爪。目のも留まらぬ連撃が繰り出される。柵野栄助は避けられない。その一撃一撃を噛み締めるように身体に受ける。身体が真っ赤に染まる。
「うおおおおおおお!」
人狼は言葉にならない雄叫びをあげた。力一杯拳を振るう。その違和感を掻き消すように。四匹の百鬼の中に『敗北』の二文字が浮かんだ。元より柵野栄助が絶対に勝てない相手だと確認していたはずだ。滋賀栄助なんて小者とは明確に違う。妖力の総量が桁違いであり、背負ってきた絶望の量が違う。あの時代の悪霊を病院に取り込んで、身体の中に蓄積してきた。皆の噂で呪いが肥大化した怪物。
「なぁ。お前ら、知っているか? 暴神立って言葉を」
いわば悪天候を現す。災害を人々は神の仕業と表現した。天候は人々を一気に殺害する。神の裁きと表現されてもおかしくない。雨乞いや恵みの雨なんて言葉が出来る訳だ。そして、人々を殺す豪雨の際に出す鳴神。それが……御雷。
「さぁ。いくぜ!」
闇荒御霊も天和御霊も昭和の時代に存在しなかった。いつの間にか存在した言葉。この武器を残した人間がいる。それが……偽神牛鬼、あの弁護士だ。アイツは誰よりも現実的だった。世界の構造を最も理解していた。外側から病院を包み隠していた。百鬼同士の混戦になることを想定して、奴は二本の百鬼殺しの刀を生成していた。難しい技術などいらない。そんな暗示をかけていればいいのだから。
そうやって奴は最強の悪霊に自らがなろうとしていた。百鬼全ての妖力を殺して奪い尽くした上で、自分が柵野栄助になろうと考えていた。まさかあんなに早期退場するとは思わなかっただろうが。昭和の時代、あの事件の裏側で……アイツは暗躍していたのだ。薬袋纐纈が夢描く世界を救う悪霊に、自らはなろうと思っていた。自分こそが柵野栄助だと。
だから薬袋纐纈は偽神牛鬼が最後まで生き残ると予想したのである。奴は昭和の時代には影に徹した。機が熟す瞬間を虎視眈々と狙っていた。自分が死ぬことも織り込み済みで。




