吸血
気が付くと滋賀栄助は囲まれていた。残る百鬼が全員で襲い掛かって来たという状況だろう。欠伸が出る。もう何の感情も沸いてこない。最終決戦という言い方になる状況なのだろうが、さして決意めいた何かが心にある訳ではない。謎の使命感と罪悪感だけでこの大岩に座っている。
虚ろな顔で俯いて刀の鍔に親指を当てる。抜刀の構えだ。
「そうか。滋賀栄助は死んだのか。随分と呆気ない最期だったな。出落ちかよ。それで? さっさと出て来いよ。いい加減早く終わらせようぜ」
静かな声でそう言った。妖力の探知など必要ない。小さな笑い声が聞こえる。人間の声じゃない。獣のような声。純粋に遊び狂うような姿。もう隠れる気もないと言わんばかりに……姿が現れた。包帯男、忍者、泥人形、人狼。最後に残った怪物は随分と有名所だな。子供でも名前を知っているような怪物ばかりだ。
ちなみに忍者は……そんな姿をしているだけで、本性は吸血鬼だ。顔面が剥くんで皺苦茶になっており、目が真っ赤にぎらついている。唇からは血が流れ出ており、呼吸が荒い。既に正気は無いように思える。
雷皇ザイン・ブレスタメント。降魔忍者是音。プロトゴーレムジャリーマ。殲滅者厳雷狼。この四人は重要患者だ。薬袋病院にいた悪霊の力を賜る実験体。薬袋纐纈の最重要患者であり重病人である。
いつの世も戦争だ。何も変わらない。
「じゃあ殺し合おうか」
包帯男はヘルペス脳炎。免疫力低下による再活性化によって引き起こされる急性脳炎。主に鼻の粘膜や口腔内の感覚神経から脳内に侵入するが、脳の側頭葉や辺縁系などの部位を破壊する。ずっと寝たきりだった。その包帯が無限に伸縮し多彩な動きをする。
吸血忍者は重度の認知症。脳神経が破壊され現象した姿。高齢者に患者数が多い病気ではあるが、若い人間にも発生する病気として知られる。自らの身体を労わらない無鉄砲な戦術。刀の一振りで腕を切り落とすもすぐに再生する。悪霊の身体に向かって顔面から突進してくる。
泥人形はナルコレプシーの患者だった。時間や場所にかかわらず、突然強い眠気に襲われ、居眠りを1日に何回も繰り返してしまう病気。その表情から何も様子を伺えない。周囲の土壌を吸い上げて変形する為に、単純な物理攻撃が効かない。
狼男はアルコール依存症。酒の飲み方を自分の力でコントロールできなくなくなった。
彼らは寝ている間に夢を見ていた。その夢を薬袋纐纈も一緒に見ていた。幻覚と幻覚が混ざり合った状態。生物が妄想世界を自在に行き来するという意味で人類の進化形態である。薬袋纐纈は彼らを病人なんて思っていなかった。一緒にお散歩する仲間だと思っていた。
彼らの妄想が具現化している。それが薬袋的という幻覚の中の主人公の存在意義を『背景』という意味で高めた。人物を形成したのが薬袋纐纈ならば、背景を彩ったのが彼らの仕事。そしてそれは……全てが歪んでいる。
妄想世界の住人たちの意味不明な殺し合いだ。




