紙垂
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幸せになれない人。大切にされない人。置いてけぼりにされる人。それが私だ。
「会いたいよ……」
柵野栄助は空を見つめていた。絵之木実松のことを思い出していた。
一緒に食事をしたり、一緒に寝たり、一緒に笑ったり。誰もが当たり前にやっているようなことが嬉しかった。江戸時代だろうが、ループする世界だろうが、元の世界に帰れなかろうが、そんなことは重要じゃない。幸せになりたかったんだ。きっと、滋賀栄助の『女性として生きたい』という思考の一部が身体に妖力として残っているのだろう。彼が絵之木実松だろうが、津守都丸だろうが、そんな些末な問題は気にしない。
お嫁さんにしてくれた。それが嬉しかった。
それなのに化け物扱いされた。悪霊だと吐き捨てられた。出会った時の自分と何も変わらないのに、別の人間だと決めつけられた。
「何で捨てられたんだろう。私が妄想だからかな。悪霊だからかな」
きっと持てる力を全て使えば、彼を見つけ出すことは可能だろう。しかし、その気力が湧き上がってこない。立ち上がる元気がない。もう二度とこんな醜い自分を晒す勇気がない。
「同じ世界で出会っていたら、同じ時代に生まれていたら、一緒になれたのかな」
私は子供をつくれるのだろうか。子供が欲しいと思っていたのだが。
彼女は滋賀栄助を殺そうとしている。それが自分へのケジメだと思っているから。もう何もかも投げ捨てて放り散らかして逃げてもいい。誰も咎めないだろう。しかし、それでは物語が終わらない。楽しい時間も、悲しい時間も、必ず終わる。人はそれを卒業と呼ぶのだ。
だったら……この世界に終止符を打たねばならないだろう。私はこの世界を卒業する。
天和御魂と闇荒御魂が怪しく光り出す。この二本は百鬼を殺す為に存在する剣。百鬼殺しの直刀。電撃を纏う日本刀。思い返すと百鬼には電撃を扱う者が多かった。また、電撃が弱点である者も多かった。
御雷。落雷があると稲が育ち豊作になる。だから人々は雷光・稲妻をイメージした紙垂を注連縄などの縄につけて垂らし邪悪なものを追い払う。文献では岩戸の前で賢木の枝に下げたものが由来。
「つまり私は邪悪を払う邪悪なのか」
残る百鬼は五体。それを殺して滋賀栄助も殺す。そしてこの世界を崩壊させて時空の狭間に永延に閉じ込められよう。こんな歪んだ終末世界を創造した報いだ。滋賀栄助は一部は自分でもある。責任の末端を感じても仕方がない。甘んじて償ってやろう。裁きを受けようじゃないか。何も守れず、何も救えず、独りぼっちになった私への最後の暇つぶしだ。




