踊喰
気狂いした怪物たち。四匹の鬼が悪霊に襲い掛かる。知性も感情もある獣。それなのに一切の躊躇がない。ただ可愛いだけの女の子の顔が……卑屈に変わった。絶望が心を侵食した。声が……枯れていた。
「や、助けて」
そんなか弱い声は届かない。ゆっくりと着実に確実に、身体が江戸時代へと引き込まれる。自分が死んだ時代へと。自分の妄想世界。自分が消えた後の世界に。
分かっていた。自分が大した悪霊ではないことに。何も乗り越えていない。大した絶望を味わったこともない。苦しいことを耐えることも出来ず、愛情を理解もせず、被害者意識だけを蓄えて、自分勝手に死んだ。生前も死後も何も体制を成していない。薬袋的の異常さに乗っかっただけだ。
世界を滅ぼすことが凄い? 違う。世界中の人間を殺し尽くさないと安心出来なかっただけだ。人を殺すことなど凄くない。共食いなどどんな畜生でも出来る。自尊心が保てなかった。他人を信じることが出来なかった。自分が殺されるという恐怖に勝てなかった。世界を滅ぼす悪霊が……世界最強? 自分可愛さに全てを道連れにした手前勝手。おおよそ最強の器ではない。
……というか、滅ぼした世界そのものが……彼女の君臨する時間軸の世界であり……彼女の妄想も同じ。自分が世界征服をした世界を夢見てほくそ笑んでいるだけ。御山の大将。遊具で有頂天になる三歳児と同じ。妄想の世界ならば、自分に都合の良い世界ならば、世界征服は可能だろう。
「いや、いや、やめてよ。私はもう死んだの。また、死ねっていうの?」
能力が貧弱過ぎた。妄想するだけの能力。夢を見るだけの能力。自分を麻酔し昏睡させる能力。そんな自己完結型の能力。自分だけの狭い安全地帯に引き籠るだけの弱虫。甘ったれ。駄々っ子。分からず屋。困ったさん。自己中心主義者。
およそ世界を牛耳る世界の生き物ではない。悪く言って人間の弱さの完成系。
人狼が大きな口を開けた。泥人形も大きな口を開けた。後ろで忍者が自分の右足に噛み付いている。包帯男が左足をしゃぶり出した。妖力を吸い取られる。世界を滅ぼした幻を吸収される。
「わたし……ラスボスなのに。世界を滅ぼしたのに。最後まで姿を隠していたのに。全ての因縁の元凶なのに。主人公の名前の由来なのに。この世界を構築したのは私なのに。なのに、なのに、なのに、なのに、なのに」
「「「「だから、なんだ?」」」」
富士の樹海に身を投げた。自分可愛さに自分の命を絶った。何とも戦わずに。その時に不安や恐怖が胸を襲った。自分の心を恐怖が蝕んだ。崖から落ちたら死ぬ。落ちたら死ぬという病的心理。その時のトラウマが……精神を握り潰した。泣き叫ぶ。見っとも無く暴れ回る。そして四匹の百鬼に……踊り食いされて……滋賀栄助は消え去った。




