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出版


 決着はあっさりとしていた。何もしないだけで奴の物語は終わるのである。我々に最後に与えられた仕事は、悲惨な惨劇を目にする『目撃者』の役割だ。奴が吐き出してきた武器を発見するだけ。争う意思さえ出さなければ、奴が現れる事はしない。


 決着は思いのほかあっさりついた。家の中に入り、あの鎧に触れることなく、床を破壊して地面を掘り返してみると、奴が奪ってきたのであろう武器が山ほど見つかった。奴が吸収した盗賊たちも、漏れなく1人残らず発見された。全員が窒息死していたけれども。難なく暴神立も奪い返すことができた。すぐさま拘留にかかる。大口が開いて鎧を食い散らかした。あのブヨブヨした液体が現れる前に決着がついたのである。


 勿論、床が蟻地獄になったり、あの鎧から液体が出てくる可能性も示唆していた。だからこそ、命綱を腰に巻いて家の外に括りつけておいた。また、滋賀栄助は金持ちなので、家から金物をできる限り持ってきて、それを全身に纏い挑んだ。どの作戦が功を労し、どの作戦に功を弄されたのか分からない。だが、とにかく意味不明のまま決着だけはついた。


 何も分からないまま、何も悟れないまま、何も納得できないまま、心の整理が着く前に、達成感を得る前に、あっさりと消えてしまったのだ。正直な感想を言うと、これで倒せたような気がしない。暴神立の口先からまた蘇ってくるのではないか。鎧は食い殺せていたとしても、あの液体はどこかでまだ人殺しをしているのではないか。そう思う。


 「この本を創ったのは人間なのでしょうか」


 「本を書く妖怪くらいいそうだよな。本を書く悪霊は分からないけど」


 「ええ。やはりこの本は人間が創ったとは思いません」


 出版業などという職業ができたのは江戸時代である。出版業界の中心は京であり、出版物も仏書や歴史書など硬派なものばかりである。だが、この本はニーズを考えている。この本の内容が怪奇現象として実体化しているから、という意味もあるのだが、もっと恐ろしいのは、この本はニーズを考えて創られていることなのだ。


 「稼ごうと思って書いてあるのです。妖怪の歴史書や伝書ではなく、一般人向けに書かれている。だから攻略法や弱点なんて書かない。本当はどのような生物かなんてどうでもいい。ただ面白がってくれれば」


 この本は金儲けの為に創られたのではないか。身近に感じてこその怪談である。本はすべて手作業で元の本より書き写すしかない。だから庶民は本を変えず貸し借りによって、書物を楽しんでいる。つまり、恐怖が身近に存在すればするほど、この本は幾多の人々に買い求められるのだ。


 「金儲けの為にこの本を創って、自分で悪鬼を生み出しているのです!」

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