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妖精

この物語を創る時に、奴は何を思って作り出したのか。あのブヨブヨした気色の悪い液体が、どのような過程で出来上がったのか。陰陽師ならば悪鬼の精神構造の裏の裏まで知り尽くす。相手は紛れもなく『怨念』の獣。だからこそ勝機がある。


 「やはりあの家から出てこない」


 「あの化物の正体は……きっと妖精なんですよ」


 不意に頭の中でまとまった回答が口に出た。滋賀栄助は驚愕の顔をうかべて、『お前は馬鹿なのか』とも言いたげに、大きく口を開けたまま固まってしまった。


 「妖精ってあの……コロポックルとかキジムナーとか?」


 「よくそんな辺境の妖怪の名前を知っていますね。私でも名前しか知らなかったのに。妖精なんですかアイツら」


 詩、戯曲においては、妖精は小柄で可愛らしい存在として描写されるが、その他の伝承においては、巨漢であったり、天使のように荘厳であったりする存在として描かれることもある。悪しき存在ではない妖怪を単純に妖精と呼んだりする。


 「戦いを好まない。争いの火種を生み出す人間を厳しく処罰する。人工物を受け付けない。自然から生み出された存在であり、鋼に触れられない」


 海外の書物で読んだことがある。異国の妖怪は『はがね』が弱点となりうると。人間と神の中間地点的な存在であり、気まぐれな性格をしていて、神話や伝説に数多く存在する。基本的に金属という物は概念として人間には受け付けないのだ。


 「ただの化け物にしか思えない。可憐な生き物には思えないが」


 だが、やはり納得がいかない部分がある。人間という生き物は大半が水から出来ているが、実は身体の中にも金属は存在する。骨や歯が金属から出来ていると、まことしやかに囁かれているくらいだ。


 「鋼には抗菌性があります。菌も毒も自然界が生み出したもの。そして自然を受け付けない。人間はこの物質を戦場に持ち出した。人を殺す道具とした。妖怪にも金属を操る物は存在します。鎧を着ている妖怪も、刀を持っている妖怪も珍しくない。自然からの逸脱と適応とそれに相対する反発が奴の本質です」


 いわばアイツは超自然生命体。そんな名称でもつけてやるのが正解だろう。


 「蟻地獄のように引き摺り込むのは?」


 「自然に帰れってことでしょう」


 奴はあんな醜い姿をしているが正義の化身なのだ。争いを許さず、戦いを好まず、ただ母なる大地として存在する。ただの粘液にしか見えないが、奴には行動原理があった。いわゆる悪党への裁き。それが奴の本質なのだ。神による裁きが怪談になる、悪党を極刑に処す。そんな怪談は珍しくもない、むしろ王道だ。


 「怪物が暴れまわる話じゃない。神が悪党を裁く。そういうお話なんです」

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