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油脂

 ★


 正義の味方になりたかった。三歳児からの夢だった。その夢を人に語ることは嫌がったが、それでも内に秘めていた。それに近しい職には就いたが、それでも渇きを癒すことは出来なかった。身体を鍛えた。鎧を身に纏った。正義の味方への変身までなら叶った。それでも……自分の目の前に宿敵が現れてくれなかった。


 武雷電という英雄の役をすることになった。特撮ヒーローなど最初は抵抗があったが、演じていく上で、武雷電という一切の悪を許さない剣士に自分を投影させていった。大首領が大勢の戦闘員を率いて襲ってきた。しかし、自分自身の行動は本気でも他の人間は演技だった。所詮はスーツアクター・モーションアクター達だ。本気で世界征服など考えていない。


 お遊戯でも飯事ままごとでもいい。自分の正義を成せる相手が欲しかった。


 「纐纈。お前との戦いをもっと楽しみたかった……」


 悪の大首領が遂に目の前に現れた。マッドサイエンティスト薬袋纐纈。怪しい実験を繰り返し、多くの人知を超えた力を有し、気色の悪い高笑いをする、この世界を救うなどとのたまう最高の男だ。コイツが我が運命の宿敵だと思った。だから毎日二人で笑いながら喧嘩をした。同じ妄想が具現化するまで。


 「俺はあの世界に帰る。そして……悪霊を人知れず倒す正義の味方になるんだ。ずっと憧れていた変身ヒーローに……俺は……なるんだ……」


 鎧は剥がれ、原型は無くなり、身体が液状になって、それでも思考だけは消え去らない。もう泥としか表現できない気色の悪い妖力の油脂になっても、それでも諦めない。薬袋纐纈は討ち取った。今度は奴が最後に生み出した怪物を始末する。柵野栄助など……我が覇道の礎に過ぎない。我が伝説の退治される怪物の一匹に過ぎない。そう……だから……。


 『おれ、みたんだ……纐纈が何もない空間に話しかけているのに……。アイツは幻覚が見えているんだよ。アソコには何も無いんだ。それか……幽霊みたいな……。自分の孫娘とか言い始めてさ。病院にいる連中も……見えたって……』


 『でさぁ。俺も見えたんだよ』


 「み、み、みえ、たよ。俺にも薬袋的が見えたよ……」


 「違うよ。私の名前は柵野栄助だ。二度と間違えるな」


 白い服、長い爪、ボサボサの髪、大きい目、真っ白な肌。目の前にいるのは完全体の悪霊。災禍の襲来だ。


 「成長したなぁ。おまえ」


 「それほどでも」


 何の気ない会話。抑揚のない言葉の押収。もう見る影も無い武雷電。その上に飛び乗る女性。


 「家族の仇を取りにきたのか? それとも世界を守りにきたのか?」


 「お前を助けに来たんだろうが!」

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