擦違
奴というのは間違いなく柵野栄助。奴は百鬼を殲滅しようと思っているなら、間違いなく此処に来るはずだ。悪霊の移動速度など計り知れない。目の前に奴がいても不思議ではないのだ。
「それはそうかもしれないけど……」
「楽しみじゃないですか。あの泥沼を最強の悪霊がどうやって攻略するのか」
この状況を楽しんでいる。もう殺されることを待つだけの貧弱な生き物なのに……狂気の沙汰だ。残り二匹の百鬼はただ茫然とついてきている。一匹は鉄の塊でもう一匹は古代南米のミイラのような姿をしている。その二匹は声を出さない。そして気が付く。
「是音はどこだ……」
降魔忍者是音がいない。何処かへ消えてしまった。
「あの馬鹿……。泥に呑まれたのか……」
「イエ、一人で別方向に逃げ出したのかと……」
逃げ切れているのならば構わないのだが。これ以上の無駄死は勘弁してほしい。柵野栄助と台頭する上で仲間が減ること程に絶望的なことはない。
「メ、目の前……」
遂に現れた。前まで見ていた滋賀栄助や薬袋的の姿とまるで違う。真っ白な服、真っ赤な目、整理されていない髪型、そして吐きそうになるくらい気持ちの悪い妖力の波長。柵野栄助、史上最強の悪霊。レベル3の悪霊完全体。大阪から山口県東部まで神速移動とは恐れ入った。新幹線や航空機よりも高速じゃないのか。
「で、でたぁ!」
「ぐっ!」
もっと早い段階で多人数で囲んで殺せば良かったのだ。今までコイツが恐ろしい怪物だと思って萎縮していた。どこまでも甘い。完全体になる前に殺すべきだった。手に負えない姿にまで進化するとは、もう自分の馬鹿さ加減に飽き飽きする。今まで自分の命の時間のほぼ全てを費やして勉強してきた『生物の進化』。それを警戒しつつ相手に完遂させてしまうとは。嘲笑もやむなしといった気持ちだ。
「偽神牛鬼は早々に退場し、伊代之羅刹龍は爆散し、黄泉獄龍は自殺して、武雷電は自滅した。もう私一人でお前を倒すことは困難だろう。しかし、それでも諦めない。お前を倒す! お前のような人類を滅ぼしかねない怪物を世に蔓延らせてたまるか!」
たまるか!の瞬間に柵野栄助と獄面鎧王は擦れ違った。獄面鎧王は拳を繰り出して出合い頭の先制攻撃を加えたのだが、そんなものヒットするはずもなく。何も相手にされないまま無視された。三匹とも相手にせずに一直線に泥の方へ向かって行く。
眼中に……ない。敵だとすら思われていない。
「我々は……後回しというわけか」
彼女を追いかける余裕などない。泥は今でも湧き上がっていく。今はこの津波から逃げ出すしかない。意地を張るタイミングではない。
「もしかしたら、あの武雷電の死骸と柵野栄助が共倒れしてくれるかもしれない」




