泥沼
水上几帳と土御門芥は生きることに執着していない。生きることを諦めているし、死ぬことを受け入れている。死ぬことが出来ない。300年死ねないならこの世界そのものが牢獄であり、生きることは拷問だ。人間は卒業するから素晴らしい。楽しいことも、悲しいことも、必ず終わる。人はそれを卒業と呼ぶのだ。
「柵野栄助は誕生した。じゃあもう残るは消費試合じゃないですか。凄く意味がないですよ。だって柵野栄助に誰も勝てないんだから。相手は超越した悪霊ですよ。もう戦うという単語を使うことが恥ずかしいですよ」
「まあ確かに僕も獄面鎧王や武雷電が本気になった所で、柵野栄助に勝ち目があるとは毛ほども思わない。そもそも、百鬼と柵野栄助の最終決戦なんて本気で意味がないよ。だって……この世界は終わるのだから」
「そうだねぇ……」
戦う理由。全ての戦いにおいて、最もはっきりさせなければならないこと。百鬼側の戦う理由は妖力の確保だ。時空を超える妖力を確保するには、自殺覚悟でも柵野栄助を倒すしかない。では、柵野栄助の戦う理由は何か。全ての過去を取り戻した柵野栄助には、戦う理由がないように思える。しかし、そうであっては困る。明白に戦う理由があるのだ。それは辛くも百鬼と同じ。
この世界を破壊する為のエネルギー。この怪鳥に喰わせる餌の確保。
「終わる世界……誰がこの時間軸にこんな設定を付与させたのかねぇ。親方様が存在しないのも、何か関係があるのかな」
このロボットは何のためにあるのか。この胸にあるモニターで誰が観測をしているのか。この機械をこの場に設置して高みの見物をしている人物。今でもこの人型ロボットの画面には重要場面の姿が映し出されている。武雷電の身体が膨らんで泥沼のようになっている姿。それを恐れて残る百鬼が逃げ出している映像。虚ろな表情で周防へ向かう柵野栄助。そして……空気を吸い込む怪鳥。この四画面が映し出されている。
「これが世界の終わりですか……」
「えぇ」
人型ロボットは首を上下に振る。何度も動かしては……少し休憩するように停まる。真っ黒なプラスチックの目は顔の動きの連動して目線が動く。両手はまるで何かを説明するように指が動いている。まるで人間のような表現が可能になっている。
水上几帳と土御門芥の頭を……優しく撫でた。どうしてそんな行動に出たのか分からない。が、確実に両手を丸めて頭を摩っているのである。まるで感情を理解しているように。今から死を覚悟している二人を慰めるように。
「下を向かないで。元気を出して」
ただの人型ロボットが……機械音を発した。




