表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
235/263

泡影

 ★


 柵野栄助は彼の元を去った。自分はこれから周防へ向かう必要があるが、彼はついてこなかった。あの気弱で無力で貧弱な人間に愛されていると思っていた。夫婦だと思っていた。だから彼を命がけで守り続けた。彼もずっと応援してくれた。ずっと傍にいてくれると約束してくれた。


 それなのに、姿かたちが変形したくらいで捨てられた。それはもう拒絶された。忌み嫌われた。まるで化け物を指さすような眼差しで、苦い物を口に入れるような顔をされた。抵抗も虚しく彼は私を置いて逃げ去った。後を追おうと少し歩いたが、そんな気持ちも何処かへ飛んでしまった。


 彼は結局は私のことを愛していなかったのだろう。そして私も動揺だ。私も彼のことを愛してなどいなかった。誰かを愛する自分が好き、それだけだった。夢幻泡影とでも表現しようか。


 絶望が……足らない。もっと…もっと…。世界は崩壊する寸前だ。


 両目から涙が漏れる。嗚咽、眩暈、錯乱して発狂。下唇をへの字に曲げて、頭を掻きむしる。気持ちが落ち着かない。胸が痛くないのに、まるで鉄球でも忍ばせているように思い。いつの間にか着ている服が、真っ黒な着物から白い服に変わった。涙が血に変わる。


 「私は偶像、私は架空、私は空想、私は夢想、私は想像、私は妄想、私は幻想、私はマヤカシ、私は在りもしない存在、私は物語の世界の住人、私は……悪霊だ」


 理解不能、意味不明にして寡二少双。唯一無二にして天空海濶。柵野栄助という悪霊はこうして生まれた。この瞬間に人類を絶望に叩き落すレベル3の悪霊は誕生したのだ。


 ここから先の物語は全て……ただの敗戦処理のようなものだが、取り合えず記しておく。


 ★


 「で? 何でこの世界って1年間がずっとループしているんですか?」


 「よくあるだろ。長寿番組にありがちな設定だよ。アニメの世界で季節感や登場人物の年齢がループする……みたいな? いつまでも小学校を卒業しなかったり、登場人物の誰も死ななかったり」


 「じゃあ、この世界の全てが……物語の世界だったってこと? 江戸時代も、滋賀栄助も、百鬼の存在も嘘っぱちだったってこと?」


 「いいや。そうじゃない。誰かがこの世界を『物語の世界』に変えたのさ。元の時間軸から脱出させて、世界そのものを空想に入れ替えたんだよ。言っただろ? 端末箱庭ターミナルガーデンってさ」


 「誰がそんなことを……この機械人形も誰が運んで来たんでしょうか」


 「さぁ。まあ、この世界に親方様がいないのも問題だよね」


 大阪城の天守閣に残った水上几帳と土御門芥。何もかもを知っていた彼らは、柵野栄助を戦地へ送り出した後に、そんな間の抜けた会話をしていた。自分たちの真上には空気中から妖力を吸い上げる怪鳥が存在する。自分たちの死期を悟っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ