偶像
ここまで話を全て聞いた上で。理解した上で。絵之木実松は……気持ちが壊れていた。今までずっと一緒にいてくれると思って女性がいた。それは自殺した滋賀栄助でも誰かの偶像である薬袋的でもない。一番最初の出会ったばかりの滋賀栄助だ。絵之木実松は少し憤慨していた。
違う。目の前にいる女性は私が愛した女性じゃない。
「違う、違う、違う」
「何が違うの?」
「お前は……滋賀栄助じゃない。私の奥さんじゃない。勇ましくて、力強くて、情熱的で、気が強くて。そういう所が愛らしい女性だったのに」
「それは私でもあるのに」
分かっている。理解せずに否定している訳ではない。目の前にいる人間は寝食を共にした妻だ。間違いなく愛していた女性なんだ。彼女を救う為なら火の海に飛び込んだ。針山に登った。身代わりに死ぬことが出来る自信があった。
「心が……痛い。立ち上がれない、立ち直れない」
「頑張って。応援するから。私を受け入れる努力をして欲しいな。私は……鮎川小次郎の手を振り払った。投げ捨てた。吐いて捨てた。世界を変える程の悪意を背負い込んで、幻惑の一番の被害者になってくれた鮎川小次郎……黄泉獄龍を捨てたんだよ」
「だから何だ」
可哀想な被害者面を止めろ。お前は……柵野栄助であって滋賀栄助ではない。違うものは違う。違いなど常人には理解できないだろう。それでも……コイツは愛せない。
「なんで? 形が駄目なの? 声が駄目なの? 皮膚の色かな。私は悪霊だからある程度の見た目なら変われるよ?」
「結構だ……腹が立つ」
相手は史上最強の悪霊だ。本気を出せば睨まれただけで殺されるだろう。しかし、心に不安は無かった。津守都丸の死体を思い返す。奴は自分の身代わりになってくれた。自分の代わりの人生を歩んでくれた。でも、それでも、互いに違う人物だったのだ。コイツも同じ理屈だ。
結局人間は……誰かの代わりなんて出来ない。
「お前と言うレベル3の悪霊は誕生した。薬袋纐纈の野望は叶った。残るは……実験の副産物を始末するだけ。残り10匹もいないだろう。それで何もかも終わりだ。いや、この世界そのもの
……『有り得ない平行世界』も終点を迎える」
天高く飛び上がり舞い上がって、天守閣にて妖力を吸収していた怪鳥が雄叫びをあげる。随分と太った。身体の形が変形するほどの巨大さだ。空気中の妖力を吸収するだけなのに……いや、さっき死んだ百鬼の三匹の死骸を取り込んでいるのか。急成長に理由がついた。
あれは……まだまだ大きくなる。この世界を吹き飛ばせる程の爆弾になる。それで世界はお終いだ。




