花摘
容姿は瓜二つ。薬袋的と言われれば納得する容姿だ。怪物じみた狂気は感じない。本当にお花畑に出向いて花摘みをしているような可憐な少女に見えてしまう。明るくて、朗らかで、微笑ましい、理想的な女性。
そして……影がない。
「妄想が現実になった」
「ええ。世界を救って欲しいと願った人間が生み出した空想上の産物だ」
それを……とある作家が現実にした。妄想を文字にする職人が……文字に変えたのだ。空想に骨組みを組み上げて肉付けした。雑に色を塗って傀儡を完成させた。幽霊? 悪霊? そんな言葉で理解した気持ちになっていた。そんな言葉で言い表せる相手じゃなかった。怪奇は人の噂によって存在感を出す。人が怪奇を伝承する。
それが……コイツ……。
「誰かが最強の悪霊を生み出そうと妄想した。薬袋纐纈は『空笑』という病気を患っていた。鬱病に似ている。彼は……医者でありながら、鬱状態だった。長年癒えない病気と闘っていた。闘病生活さ。その中で彼が生み出したのが薬袋的だった」
世界には問題が溢れている。それを隅から隅まで解決して欲しいと願う。だが、当然世界は笑ってくれない。だから彼は信仰のように宗教のように何かに救いを縋った。希うことを選択した。ただ誰かに助けを求めた訳ではない。そんな気持ちは数十年前に消え失せた。願ったのは自分の脳内で生成した空想だった。
後ろめたさが生み出した幻覚。いわば……在りもしない『理由』。
空笑と呼ばせない。何かを笑ってしまえばいい。目の前に……現実に……笑う者を生み出した。愚者が道化を生み出した。しかし、出て来たのは道化ではなく万物を超越した怪物だった。その怪物を多くの者が信仰した。その神様に愚か者が寄ってたかって群がった。「助けて」と大声で叫んだ。患者も職員も医者も陰陽師でさえも。薬袋病院は……薬袋的という神様の聖地と呼ぶべき場所だった。
そして、『第二の噂』が流れる。神様に新たな名前が出て来た。神様にもう一つの名前がついた。これは薬袋纐纈が考えた訳ではない。本拠地は……発信源は……あの俳優だ。桑原紫陽花。これがあの俳優の本名だ。
「あの悪霊は……江戸時代に現れた悪霊……『柵野栄助』だ」
神様の存在意義が壊れた。偶像の形が壊れた。大事な考え方が壊れた。ただの怪物になった。
いや、いや、そもそも、桑原紫陽花に明確な意思があった訳ではない。神様の横取りなど奴は考えていない。ただ間違ったイメージを上から塗ってしまった。そのまま噂として拡散させてしまった。嘘を嘘で上塗りした。本当は柵野栄助なんて人物すらこの世にはいないのに。あろうことか名前まで間違って。これだから文献は役に立たない。




