築盛
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「柵野栄助。なんだよそれ」
「江戸時代に死んだ霊の名前だ。女として生まれるも武家の仕来りから剣術を学び、その稽古に耐えきれず富士の樹海に身を投げた少女の名前だ」
弁護士は鮎川小次郎を雪の中へ投げ捨てた。顔面から雪の中へと埋もれる。私は絶叫してコイツの前から逃げ出した。コイツは私と結婚したいと言っていた。どこかの異世界へ逃避行を提案していたな。私はそれを殺害予告だと思って逃げ出した。つい半日前の出来事である。実際の所どっちだったのだろうか。本当に殺害する気持ちはあったのだろうか。
「お前の身体に、悪霊の魂が宿る。怨念は心に築盛され……爆発する」
弁護士はそんな頭のおかしい台詞を蔓延の笑みで口走りつつ……鮎川小次郎の腕を踏みつけた。
「怨念を持った悪霊をエネルギーとして媒介とした。そのエネルギーはお前の中に蓄えられている。お前は怨念の貯蔵庫だ」
「なぁ。消えた死体の意味って……」
「お前の記憶にある人間を転移する装置として利用した」
「わからねぇよ」
身体に異変は感じない。人間は細胞の中にエネルギーを蓄える構造があることは知っている。しかし、ここまで怨念のエネルギーを莫大に蓄えているなら自覚症状がある気がするのだが。エネルギーをコイツらの野心に変更する……。現実を妖力で上塗りする。だが、私の中にエネルギーなんて無いとしたら……。
「おー」
破綻している。こいつ等の考えていることは……破綻している。
「鮎川小次郎……コイツを痛みつければ少しは感情が揺らぐと思ったが……やはり殺すしかないか」
無い知恵を絞って考える。幸い冷気に宛がわれて頭が冴えている。地面が冷たい。神経まで凍るようだ。痛みが軋んで感じる。
「おい。学者……」
違和感がある。弁護士はさておき、この弁護士がこの場にいるのは変だ。コイツは爺の作戦には反対していたはずだ。人類を脅かす危険な試みだと、批判的な立場にいたはずだ。以前に私に散々暴言を吐いた過去もある。お前が人を殺しているとか何とか。
「お前……この弁護士と俳優がやろうとしていることが……分かっているのか。お前の立場的に看過出来るようなものか。それともお前も自分勝手なのかよ」
答えない。明後日の方向を向いたまま一切の返事をしない。微動打にせず突っ立ったままだ。
「正義の味方が誘拐しているのもオカシイけどさ。お前も狂っているのか」
コイツは私が死んだらいいと思っていた奴だ。しかし、その目的は実験中止である。だから、あの爺の計画の最終段階である今に私を殺しても本末転倒のはずだ。あの爺の計画を止める方法は……この俳優と弁護士の夢を食い止めて私を二度と実験に関わらせない。もうこれしかない。どうしてこんな簡単な結論に至ってくれないのか。




