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指輪

 笑えなかった。味わったのは純粋なる恐怖である。法律では未成年とは結婚出来ないとか、そんな理由なのだが。その気持ちをもっと濁した、言葉に言い表せない気持ち悪さだ。


 小説家は穏やかな顔で、静かな佇まいで、落ち着いた感じで、頬を和らげて見つめ合った。


 「え? 何を言っているの?」


 嬉しさは一切なかった。もう目の前が真っ暗になるくらい気持ちの悪い嫌悪感しか残っていなかった。目を見開いて驚いてみせたものの、このイカレタ小説家は止まらない。


 「勿論、婚約っていう形だよ。僕は君が好きだ」


 どの時代にもロリコンはいる。幼女が好きな事は心理学上有り得る性癖だ。しかし、この男の場合は違う。自分のことしか考えていない。まるで三歳児のように目の前の嗜好に飛び付いているだけだ。何でも口の中に入れてしまう赤子と一緒だ。きっと、私との結婚なんて今さっき考えたことなのだろう。


 自分が思い描いた世界を実現する為に、行動している。ストローで柑橘系の飲み物を吸い尽くし、口から大きく息を吐く。ウットリした表情だ。まるでお花畑に胸を躍らせる乙女のように。


 「い、いやだ」


 「どうして? 僕たちはこんなに愛し合っているはずなのに」


 冗談じゃない。悪霊に殺されかけていたから、助けてやろうとしただけだ。その後は成り行きで一緒に空間にいた時間が長かっただけだ。断じて恋愛感情などない。


 いや、この男は死ぬべきだった。殺されるべきだった。最初から悪霊に憑りつかれていたのだから。それを私が救ってしまった。本来殺される運命だった狂人が今も生きている。いや、こいつは至福を肥やした。自分の大好きな気色の悪い小説を書き連ねることで、泡銭を稼ぎ倒した。


 「君を救ってあげるよ。僕と僕の世界が」


 「お前……あの爺さんに何をして貰っていたんだ? どうして……」


 死体が消える現象……。その事を思い出していた。あの現象に対して感想を声にしなかった。自分は正義の味方ではない。自分はこの世界を守る勇者ではない。だから、例えこの病院が何を隠蔽して、どんな不正な実験を繰り返して、どんな阿漕な商売をしようとも、小学生である自分は解決に乗り出さなかった。


 手遅れかもしれない。間に合わなかったかもしれない。時間切れかもしれない。それでも、これ以上……放置したら……もっともっと自分が真っ黒に染まってしまう気がした。


 「お前が、お爺ちゃんのご遺体を消したのか?」


 会話の流れとして、この言葉がオカシイことくらい小学校低学年である自分でも分かる。でも、ようやく初めて声をあげた。今まで余所眼で見ていた汚物に手を突っ込んだ。気色の悪い実験の全貌を知る為に身を乗り出した。祖父の犯した過ちに向かい合った。


 「うん。そうだよ! それよりも結婚指輪を受け取ってくれないかい?」


 そ・れ・よ・り・も?


 「ど、どこに隠した」


 「隠していないよ。別の世界に転生してあげたのさ。新しい人生を歩めるように。その世界は僕が思い描いた本の世界になる」


 「……わ……」


 「新婚旅行が楽しいだね。僕は……この狂った世界に君がいて欲しい」

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