倒産
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明確な跡継ぎがいない大病院は派閥問題で散々に揉めた。今まであの狂人が統率していたから不自然にも経営が成り立っていただけの病院だ。あの爺さんが死んだ今は衰退の一途を辿る。誰も救えない、誰も助からない。難病人達は悉く亡くなった。
顧問弁護士は姿を消した。大物俳優との接点も無くなった。大物政治家も身を引いた。この病院に残ったのは、恐れながらも薬袋纐纈を心酔していた医者たちと、私のことを異様に殺そうとしている学者だけ。その学者のやっていることも、早くこの病院の計画を畳もうとしているように見えた。
終わる。何度も不可能と言われた奇跡を起こしてきた、この薬袋病院が終わる。これでいい。こんな不気味な病院はこの世にあっては駄目だ。と、そんな簡単に事態は収束しないのである。一番肝心の問題がまるで払拭出来ていない。
悪霊は……まだいるのだ。
「やはり……悪霊を呼び寄せていたのは、薬袋纐纈ではなく、薬袋的だったのか」
怪奇現象が町単位で起こる。不可解な現象が何度も引きおこる。病院関係者は次から次に行方不明になった。薬袋的に関係が深い者から悉く姿を消した。その数は全部合わせて百近くに及ぶ。この頃には放映されていた特撮ドラマも終了していた。
病院が潰れる勢いは凄まじい勢いで加速していった。
「ジャンヌダルクは死後にその功績が認められて、今でもフランスの方々の英雄とされるんだよね。君もそういう運命を辿ると思うんだよね」
「お前の言葉はいっつも分かりにくいんだよ。もっと簡潔に言えよ」
「君が生きている時は魔女だの異端者だの言われるかもだけど、死んだ後はきっと君が英雄だったって気が付いてくれるって言いたいんだよ」
鮎川小次郎。小説家にして悪霊に憑りつかれた男。そんな彼はなんの嫌味なのか、まだ病院内にいた。用もないのに病院に入って、食堂でカツ丼なんて食べている。病院倒産の危機に呑気なものだ。腹立たしく感じる。
「私のせいで皆が死んだ」
「そうかもね」
「私なんて生まれてくるんじゃなかった。私がいなければ……」
「う~ん。でも、君がいなかったら、助からなかった命もあるんじゃないかな。僕だってこうやって五体満足に生きている。それは君のお陰だろう」
あの学者の言葉が胸を突き射した。取り合っていないフリをしていただけだ。本当は心の内側で誰よりも苦しんでいた。人殺しの意識、罪の贖罪。自分の運命を呪った。
「これから私はどうなるのだろう」
「……あのさぁ」
鮎川小次郎は丼ぶりの中身を平らげて、爪楊枝で歯の手入れをしながら、間抜けな顔で言った。
「僕と結婚しませんか?」




