賜物
余談だが奴の書いた小説は映像化された。主演俳優があそこにいる。
「ねぇねぇ。大丈夫? 気分悪そうだけど」
相変わらず空気が読めない。鮎川小次郎は背中を掻きむしりながら近づいてきた。
「私の家族なんだ。悲しい気持ちになって何が悪い」
「え? 悲しい気持ちなんてないだろ」
祖父を失った孫に言う大人の言葉じゃない。信じられない言葉を発する。
「本当は嬉しいくせに」
「お前は嬉しくないだろうな。あの爺が死んだ今、お前は悪霊に殺されるかもしれないんだから」
結局、鮎川小次郎は死ななかった。第四の黙示録の騎士は登場しない。それどころか、奴の周囲から悪霊は消えた。これは薬袋纐纈の影響力の賜物と言い切って差し支えないだろう。だから、奴がいなくなった今、この男は死ぬ可能性が以前と同じくらい高まった。世間に注目されている以上は、死ぬ確率が高まったとも言える。有名人はそれだけで恨みを買いやすい。この鮎川小次郎も多少なりとも人間からの恨みを買っていた。『あんな小説のどこがいいんだ!』という。
「それはそうだねぇ」
取り合わないと言わんばかりに無視をする。椅子に座って呑気にペットボトルからお茶を飲んでいる。この男は……変わってしまった。実力、いや実績が高まった。小説家の実力など数値化出来るものではないが、奴の書いた本は売れている。故に奴は天狗になった。気色悪い妄想家のくせにカリスマ作家気取りだ。
「で、これからどうするの?」
「どうにもならない。あの病院はすぐに廃業になるだろうぜ。悪霊も散り散りになるだろう。元の薬袋纐纈がいない世界に逆戻りするだけだ」
「僕は君がいる限りはそうはならないと思うけど」
嫌味たっぷりにそう言い放つ。すると、遠方からとある人間が目と目が合った。薬袋纐纈の実験に協力していた科学者。まるで親の仇のように睨みつける。これが初めてではない。あの男の執念に呆れて溜息が出る。
「あの人と喧嘩したの?」
「私のことが気に喰わないってよ。お前が人を殺しているんだってさ」
「言い掛かりだねぇ。人間なんて全員、間接的な人殺しだろうに」
お前の言っていることも良く分からない、と声に出したくもない。頭が痛い。考えれば考える程に気持ち悪さが湧き上がっていく。あんなに嫌いな祖父だったのに。いなくなって欲しいと毎日祈っていたのに。いざこの世から消えてしまうと、今度は得体の知れない恐怖が襲ってきた。
将来への不安。これから自分がどうなってしまうのか。
「ねぇねぇ。そろそろ行こうよ」
殺気に気が付いた。殺意を感じ取った。自分の命を狙っている人物がいる。今までは薬袋纐纈の玩具だった。しかし、今度はどうなるのだろうか。




