徒党
膠着状態は長く続かなかった。敵が動いたのでもなく、我々が動いたのではない。地面に飲み込まれたのでもない。第三勢力が現れたのだ。守るべき一般人の姿だった。そこに現れたのはすべて屈強な男たち。筋骨隆々でいかにも力仕事を生業としていそうな青年たちだ。
徒党を組んでいるようである。人数は三十人を優に超す。皆が何かニンマリとした下卑た笑顔で、この古家を囲んでいた。武装集団の真似事なのか、弓矢を背中に背負い、農作業用の桑や小さな鎌を腰に下げている。
「争うつもりはねぇ。ここから立ち去ってくれないか?」
「事情を説明してくれたらな」
「ここに武器が大量に眠っているって聞いたからな。これを売れば貧しい生活にも花が咲くってものだろ」
噂の力は尋常ではない。この妖怪の能力が最大限に発揮されている。この家の下に武器が眠っているという噂は、誰が蒔いた種でもない。おそらく発生源などないだろう。自動的にこの家に生贄が集まってくるようなシステムになっているのだ。餌に誘き寄せられた獲物が。
「コイツら、放っておいたらこの家に無警戒で飛び込んで全滅しますよ」
「私は『誰ひとり死人なんか出さない系』の英雄になるつもりはないから、コイツらが死のうと自業自得と割り切れるけど、それでまた探索が一からやり直しになるのは嫌かな」
だが、背に腹は変えられないかもしれない。暴神立のない滋賀栄助と、絵之木実松。単純な拳での殴り合いでは勝率はほぼ零だろう。口論の余地もない。要望に目が暗んだ人間に何を言い聞かせても無駄だ。ここで奴らが死ぬ瞬間にどのような末路を辿るのかを参考にさせて貰う。ここは見学する為にも一旦引くのが正解だ。
「分かった。我々は武器の回収を諦め……え?」
動いた。今まで全く行動を起こさなかった、あの真っ赤な鎧が動き始めた。異変に気がついたのは、おそらく私だけだ。滋賀栄助は眠そうな顔で雲を見上げている。気がついていない。まだ家内に侵入していないのに、土地の周辺からこの場にいる人間全員を生き埋めにする算段なのか。
「来ます! 逃げますよ!」
「おお。おー」
どこかやる気のなくなった滋賀栄助の腕を引っ張り、古家とは逆方向に駆け出した。ここにいる連中には盗賊に恐れをなして逃げ出したように見えるだろう。だが、そんな事はどうでもいい。今は身の安全を確保する事が大事だ。
「…………さぁ。底無茶の間。出てきやがれ……」
半分くらいは逃げ切れないと悟っていた。相手の能力の適応範囲が家内だけと限らない以上は、どこまで引き摺られるか分からない。沈み始めたら、もう後は動けば動くだけ砂に喰われるだけだ。
「逃げ切れるか…………ってあれ?」
おかしい。振り返ってみると盗賊たちが地面に沈んでいないのである。それどころか、我先にと家の中へ侵入していく。おかしい、あの鮮血の鎧が動いたように見えたのに…………。
思考が止まった。その化物の姿に。遂に底無茶の間の本体が姿を現した。鎧に付着していた紫色の液体。いや、粘着物。それが一気に体積を増やし、成熟した熊ほどの大きさになった。人間の骨格をしている。顔のパーツがなく、輪郭を象る形が液体の穴で表現されている。まるで人間が粘着物に覆われたような姿だ。
盗賊のひとりが悲鳴をあげた。腰を抜かして動けなくなったらしい。ほかの連中も涙を流し、後ずさりしている。目の前にいた若い男が足を掴まれた。次の瞬間にその足から液体に引き摺り込まれていった。濃い紫色の体液から、その青年が溶かされたのか、中でまだ生きているのかも分からない。ただ、一旦飲み干された後に、彼の持っていた金物の桑だけが吐き出されて外へと出てきた。




