数珠
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季節は真冬。寒空の下に業界人が参列する。喪服を着て、お数珠を手に持ち涙ぐんでいる。
祖父が亡くなった。追悼式の後、病院の後継者を巡る争い。元から存在した病院内の派閥競争。醜い争いの渦中の中で、薬袋的は生きる気力を失っていた。別に祖父が死んだことに心を痛めている訳ではない。自分のこれからの人生を憂いていた。
自分は病院から出て行かなくてはならない。病院の委員長の孫娘という肩書では、あの病院に住まうことは出来なくなった。病院内にいる悪霊は何処へ行くのだろう。このまま私が消えてしまえば……消えていなくなるのだろうか。
「し、遺体が……ご遺体がありません!」
火葬の際に葬儀屋が大慌てで騒ぎ出した。あの祖父の死体が消えてしまった。一族総出で大慌てしていたが、薬袋的だけは阿保らしい顔で他所を向いていた。あの祖父は人一倍色々な人間に恨まれていた。生きいらない客人に熱湯を浴びせるような悪意ある非常識人間だった。負の感情を抱かれて当然だ。
病院で心臓が止まる瞬間まで悪霊たちにわらわらと囲まれていた。死ぬ前まではその波動に怖気づいていた悪霊たちだが、死んでしまえばただの死体だ。大勢の悪霊たちが死体に群がって……そのまま消えてしまった。何度も見た光景だ。まあ、何処へ飛んでいるのか気になってはいたが。
「お悔やみ申し上げます」
多くの顔も知らない人間が頭を下げて来る。その度に悪霊たちがうじゃうじゃ渦巻いている。こんんなにも生前に心残りを持って人間は死んでいくものなのだろうか。そんなにも誰かを憎んで死ぬものなのだろうか。
葬式にはいつものメンバーもいた。弁護士、政治家、学者、俳優。そして……小説家。私をチラチラ見ては無視をする。誰も話かけてこない。まるで薬袋纐纈が消滅したら、お前はもう敬意を払わない。関係性を改めなければと言わんばかりだ。小説家に至っては居眠りをしている。この根性腐れめ。
「私はどうなるのだろうか……」
思っていることが声に出てしまう。若くして家族を失った。これから分家にて生活するのか。誰に預けられるのか。これから平和に生きているのだろうか。息を大きく吐くと白い息が噴き出た。部屋の中でも少し肌寒い。広い火葬場の中で椅子に座ったまま手を擦り合せて天を仰ぐ。この世界から逃げ出せますように。
「あぁ、お前たちか……」
黒い影が不安そうにこっちを覗いている。手を振っている。まるで気づいてと言わんばかりに。
「どうしようかな」
寝ている小説家……鮎川小次郎を見つめる。彼は名高い名作家になった。薬袋纐纈の後ろ建てが大きいことは言うまでもない。多くの著名人に注目され、書いた作品は空前絶後の大ヒット。狂気的なまでに日本人を熱狂させている。ズボラなのは変わらないが随分と大物に成長した。




