戦士
ダーウィンの進化論はしばらく独り歩きした。弱肉強食、自然淘汰、競争社会、優生主義、適者生存。様々な誤解が生みだされ誤用されてきた。本来は差別的な意味合いはない。そもそも人間が人為的に起こす進歩や改善など、生物学的な観点の進化とか全く異なる。ダーウィンの提唱した進化は『偶然』という意味合いが強い。場面においては進化をしないことや、間違った進化をする場合もある。
発生する変化など……偶然に過ぎない。
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喉笛を切ろうと爪で引っ掻く人狼。その攻撃を……絵之木実松が受け止めた。身体の肉は抉り取られて鮮血が噴水のように吹き出る。咄嗟に津守都丸を庇ったのだ。服が真っ赤に染まり、その場に横たわる。涙を流しながら目が虚ろぐ。命が消えようとしている。
「どうして……」
「私は貴方と入れ替わった」
声がか細い。聞き取れないくらいの音量だ。今にも気を失いそう。
「貴方が望んだんじゃない。私が貴方に変化したんだ。貴方は自分から進んで入れ替わったのではない。私の自己満足だ、私の自分勝手だ。でも私は貴方になるしかなかった」
手に触れて分かる。彼は人間じゃない。津守都丸という名前で幕臣となった絵之木実松。その正体は……誰かを守りたかった亡霊に過ぎなかった。
「貴方は……戦っては駄目だ……」
そんな言葉を最期に絵之木実松は消えていった。自分から進んで他人に成り済まし、他人と入れ替わり、一人の少年の命を救った。津守都丸が陰陽師であることを、神様が勝手に断絶したのだ。戦ったら死ぬことが分かっていたから。
「うわぁ。なんかドラマのワンシーンみたいですね。ちょっと俺には感動できないんだけど……」
人狼が第二撃を与える前に薬袋的が救済に入った。念動力のような得体の知れないもので人狼を吹き飛ばす。そして、薬袋的は津守都丸の傍に近寄った。
「ソイツ。俺は黄泉獄龍だと思ったんだよ。私は悪霊だから……コイツが持つ怨念を察知したんだ。まあ結果的には違ったけどさ」
そんな言葉、頭に入ってこない。目と鼻の先に悪霊がいるのに動くことが出来ない。
「コイツが何を考えていたのか分からないけどさ。人を庇って死ぬくらいの正義感はあったんだな」
話が急に動き過ぎだ。目の前で大切な人が一斉に死んだ。自分の隠されていた真実と、仲間たちの死。百鬼が目の前にいる。立ち向かわなくてはいけないのに、涙で顔がぐしゃぐしゃになって前が見えない。心が痛い。握り潰されるようだ。
「なるほどな。こりゃあ戦士に向いていない。納得だ」
皮肉にも薬袋的はそう言い放った。




