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芝居

 津守都丸は顔面蒼白になって駆け寄る。途中で転びそうになりながら。よろよろと歩いて逃げ出そうとする鬼一法眼。別に面識が深い訳でもない。大切な人という訳でもない。でも……これ以上誰かに死んでほしくなかった。生きてほしかった。


 自分の贖罪を抗えないから。陰陽師としての自分の使命から逃げた。助けられる人を見捨てて生きて来た。無能であることを選んだ。自分を……弱く見せた。その結果が、この最悪な状況だ。


 「法眼さん。死んだら駄目だ!」


 そう大声で言って駆け寄る。そして……鬼一法眼は……不気味に笑い出した。


 「はぁ?」


 「駄目だ。負けたよ、君には勝てない。その迫真の演技には僕も感服したよ。いやぁ、愉快だなぁ」


 鬼一法眼の姿が……変化していく。目が丸くて大きく、体毛が濃くて、人間離れした筋肉質な身体。あるで……人狼だ。


 「擬態していたのか」


 「思わず自白しちゃった。ふふふふ。君は本当に面白いなぁ。近づいたら首に噛みつくつもりだったのに……迫真の演技に負けちゃったよ」


 百鬼は三匹ではない。四匹だ。こいつ等は人質を解放したのではない。この人狼の芝居に乗っかっただけだ。


 「じゃあ……鬼一法眼さんは……」


 「ふふふ。美味しく頂きました。あんまり抵抗もしなかったよ。自分の死を分かり切っているって感じだったなぁ」


 つまり? 鬼一法眼はもう既に死んでいる……。


 「君が死んで……あと、二人だな」


 絶望した。人の命が軽すぎる。死んでいい人間では無かった。それなのに……アッサリと殺されてしまった。怒りの感情よりも、絶望が上回った。声が出ない。気が付いたら地面に膝から転げ落ちていた。


 「なんだ……コイツ。気色悪いなぁ。なんか凄い陰陽師って聞いていたけど、ただの気持ち悪い奴だな」


 「うっ……うっ…」


 傍から見ればそう見えて当然だろう。反論の余地のない正論だ。負け犬で、臆病者で、根性なしで、何も守れなかった……子供の時から逃げ回っていただけの……三下だ。


 「まーでもー殺しとくか」


 人狼が腕を大きく振り上げる。首を切り落とすつもりだ。滋賀栄助が咄嗟に走り出すが、距離から間に合わない。奴らはメッセージを伝えることが目的では無かったのか。そう思う気持ちすら無意味だ。もう……間に合わない。


 「死ね。大声で喚くだけの三下が」


 奴が太い腕を振り下ろした。百鬼の一撃だ。貧弱な津守都丸では防御できない。受けきれない。このまま首を切り落とされて即死する。鬼一法眼同様に彼もまた反撃する気概は無かった。生きる気力を失った。純粋なる絶望で……。無価値な自分を受け入れられなかった。

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