周防
周防。その地は……。
「決着だぁ!」
「どんな嫌味だよ」
滋賀栄助と薬袋的は……同時に声をあげた。自分から来いと言いたい気持ちなのかと思いきや、そうでもない。『周防』。その地には極めて重大な意味がある。
津守都丸は泣き出したかった。目の前に信頼していた人物の死体が転がったのだから。猪飼慈雲。二人が処刑されずに済み、重大な会議に出席させて貰ったのも、彼のおかげである面が大きい。陰陽師としてあるままの人間だったが、その中には微かな優しさがあった。陰陽師として敵わない相手に必死に戦っていた。
もう何も聞こえない。何も頭に入って来ない。彼は自分が津守都丸であったことを知っていたのかもしれない。それでも原級しなかった。偽物であり、本物である自分を受け入れてくれた。数少ない信頼できる人物だった。それが、こんなにアッサリ殺された。
「なお、訪れない場合は……その地に住まう人間を一人一人殺す、とのことです」
土竜の形をした電撃が声を発する。可愛らしい男の子の声に苛立ちを感じる。こうも人間の命がどうでもいいのか。一年間がループする、この時代の人間じゃない、歴史からはみ出した無意味な世界。そんな言葉を並べれば、人を殺していい理由になるのか。
雑魚のふりをしてきた。目の前で死んでいく人々を自分が無能であることを理由に諦めてきた。ごめんなさい、と何の価値もない謝罪を心にしていた。そうじゃないだろ。私は……絵之木実松じゃない。私は……津守都丸だ。
「その人をはなせ」
「ん?」
「鬼一法眼さんを放せって言ったんだよ! この化け物がぁ!」
大声で怒鳴った。目は血走っている。身体が沸騰するように暑い。唇を噛みしめて、目には涙をためている。この世界は百鬼にとって監獄……違うだろ。ここはお前たちの処刑場のはずだ!
「何人殺すんだよ。どうして殺せるんだよ!」
その場にいた全員が声を出さない。水上几帳は笑顔を止めて、土御門芥は呆けるのを止めた。陰陽師のくせに、たかが300年生きた程度で何もかも分かった気になり、一年したら蘇るからって、人の命を軽んじる屑。薬袋的も滋賀栄助も……目の前の死体を無視していたことに気が付いた。だから今は声を出さない。
「お前たち……悪霊に殺されたんだろ。どうして人の痛みが分からんだよ。一年間を繰り返すとか、別の時代からやってくるとか、おそらく原因は『妖力』だ! 人を恨めしいと思う気持ち! どうして人を殺せるんだよ。どうして人を追いつめられるんだよ! いい加減にしろよ!」
自分でも支離滅裂なことを言っているのは分かっている。それでも叫ばずにはいられなかった。もう耐えられない。どうして人の命を軽んじるのか。どうして……。
百鬼は男を開放した。業雷虎は鬼一法眼に向けていた薙刀を下げる。彼らにも人の心があったのか。すると……鬼一法眼がよろよろと立ち上がって歩き始めた。何の交渉も交換条件もなく、人質を解放したのだ。




