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飢饉

 緊迫する状況を名も無き戦乙女がイライラして聞いていた。重々しい甲冑と仰々しい大剣。背筋を伸ばして目を細める。


 「何でこの世界がループしているのか。鬼一法眼さんに聞きました。どうやら要因はこの1750年にあるそうです。この江戸時代まで妖怪という名前は世に出回ることは無かった。河童や天狗と言った最も有名な妖怪すら人々は知り得ない。しかし、この江戸時代に画集を通して広まっていった」


 つまり1750年を繰り返すことで人々が永遠に妖怪という名前を知り得ない世界を作り上げている。国民に妖怪の存在が知れ渡らないようにしている。いや、理由としては弱い。


 「そして……もう一つ」


 その答えは……滋賀栄助が答えた。何故か江戸時代の知識を殆ど知らない彼女が。


 「飢餓だろ? 飢饉の方が正しいのかな」


 冷夏、虫害、噴火、大雨洪水などの異常気象。江戸時代には四度の大飢饉が襲っている。確か1750年までに二度の飢餓が人々を襲った。寛永の大飢饉と享保の大飢饉。


 「なんでそれを貴方が知っているんです?」


 水上几帳が問い返す。本当にこれは意外といった顔だった。本当に予想打にしなかったようだ。滋賀栄助はこれ以上を答えようとしないので、水上几帳が言葉を続ける。


 「人々は異常気象を悪鬼羅刹が原因と考えます。妖怪は人々の噂によって発祥する。この災害こそが妖怪の卵のようなもの。そして、三度目の飢饉は最悪だ。天明の大飢饉。この飢饉によって大勢の人間が死に、多くの伝承が生まれ、多くの恐怖が巻き散らされる」


 もし順調に時間が過ぎれば数年後にこの大飢饉が襲ってくる。だから、この時代を狙った。人々に中途半端な妖怪の知識を与えないように、いや多くの人間が死んでしまわないように。


 「さっきの質問に答えてください。どうして貴方が……」


 「俺が教えてやろうか?」


 名も無き戦乙女……いや、薬袋的が言葉を遮った。滋賀栄助が理由が分かるなら、彼女も分かるだろう。だって、この二人は過去を共有しているのだから。


 「黙示録の第四騎士が見えたからさ。だろぅ、小学生」


 百鬼閻魔帳の中の名も無き戦乙女は……ジャンヌダルクの生まれ変わり。ただし、神様の声が聞こえるのではなく、悪魔の声を聴いてしまった。青白い馬に乗った「死」で、かたわら黄泉ハデスを連れている。人類を死へと追いやる役目を持つ最後の騎士。百物語の最終話。


 「黄泉……まさか」


 そう。作者は最後に自分自身を物語に投影させた。第四騎士の傍にいる黄泉ハデス


 「この時間軸はなぁ。それはもう危険なんだよ。お前たちが過ごしてきた『平和な未来』なんかと比べたらもっと危険だ。だってとある小説家の陰謀で世界が滅ぶことが確定しているからな。疫病や野獣が暴れまわる。飢饉なんて……そんな第三騎士のレベルじゃないぜ。日本人、いや世界の生きとし生ける者は……全滅する」

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