宿願
睨み合う両者。自分の過去の姿と向き合うことに……互いに抵抗は無かった。まるで出会うことが分かり切っていたような。そんな顔をしているのだ。
「まあ、お前という百鬼はいるだろうな。だって、アイツは私を題材に物語を一作書き上げていたから。私の実家が蛻の空になったと聞いたけど」
「父も母も殺した。全員、爆撃で殺してやった」
惜しみなく、抵抗なく、遠慮なく、言い放った。
「どうして……殺す必要がどこにあった」
「忘れたのか? 私は悪霊だ。恨みに思っている連中は殺す。だから……あの家族も殺した」
滋賀栄助は富士の樹海にて投身自殺している。その悪霊が彼女だ。ずっと両親を恨んでいた。自分を武士として生きることを強要して、訳の分からない修行を永遠と詰ませた。そんな自分の家柄のことしか考えない一族のことを。
「私は百鬼ではない。もう既にレベル3の悪霊として覚醒している。意識を持ったまま、悪霊の力を発揮できる。より進化した悪霊だ」
「あの爺の思惑通りだな」
滋賀栄助がどこまでも皮肉を言う。絵之木実松は……いや、津守都丸は言葉を失っていた。
「で? ここからどうするんだよ。私たちで殺し合いでもするか? どっちが本物の『私』なのかって」
「そりゃあお前は殺すけどさ。ふふふ。もっとやるべき事を思い付いたんだ。この世界が何度もループしていることは知っているよな。そのループを終わらせてやろうと思ってさ」
ループ。意味の分からない言葉だ。鬼一法眼はこの世界の仕組みを知っておきながら、その解説をしなかった。津守都丸においては気絶していたくらいだし。
「レベル3の悪霊としての実力を発揮して、この世界を破壊してやる。地球一個が粉々になるほどの大爆発だ。この世の全てが吹き飛ぶような」
これが意思を持った悪霊。この世界そのものを恨んでおり、悪霊の力を自由選択して使える怪物。その地球上最強生物が考え至った結論。その『恨み』には薬袋的としての過去も関わっているのだろう。あの孤独だった……ボロ雑巾のように利用された……真っ黒な過去。
「それがこの世界に生きている生き物の宿願でもあるみたいだしな。死にたがっているなら、殺してやらないと失礼ってもんだろ」
会話は噛み合っていなかった。現時点で知り得ない情報が多すぎる。どうして世界を破壊するのか、そのプロセスを理解することなど……あまりにも困難極まりない。
「で……もうお前はいいや。隣にいるお前はなんだ。陰陽師って悪霊と仲良くしちゃいけないって聞いたぞ」
仲良くしてはいけない……というか宿敵なんですけど。確かにいくら津守都丸に悪意を感じていたとしても、それで悪霊である名も無き戦乙女と一緒に行動するのは納得がいかない。悪霊と一緒にいる男……絵之木実松は声を出した。
「私は……」
言葉をつまらせた。叫んでいるのに声が出ない。きっと……隣にいる彼女が音声を消したのだ。
「悪霊が人間を使役するのはよくある話です。操られているのかと」
ようやく声を発した津守都丸に、滋賀栄助は首を傾げる。
「そうかぁ? さっきのやり取りは操られているようには見えなかったけど」




