人狼
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猪飼慈雲は殺された。時間がかからずにあっさりと。殺した相手は百鬼の中でも異彩なオーラを放っていた怪物。殲滅者厳雷狼。ほぼ上空からの不意打ちだった。猪飼慈雲は陰陽師の中でもかなりの強者。突然の奇襲にも対応する実力は備えていたのだが、あまりにも相手が秀逸過ぎた。
「ぐふふふ」
この悪霊の姿が人間の姿へと変貌していく。若き女性へと。悪霊がよく使用する擬態能力とは似て非なる物だ。人狼伝説。満月の夜に人間が体毛が生えて人狼となる。人間に紛れて疑心暗鬼を引き起こす。群衆で動くことを好み、裏切りをこよなく愛する動物。
「野兎だなぁ。こんなにアッサリ死んでしまうなんて」
猪飼慈雲は京都の町を散策していた。本屋にて外国の物語を買い漁り、百鬼の情報になり得るものを探していたのだ。この絶望的な状況で彼は全く諦めていなかった。きっと滋賀栄助が百鬼を全て倒してくれる。それに賭けて望みを託すしかない。悪魔の辞典や外国の神獣を調べれば……何か手掛かりになるはずだ。
そして、彼の調べた伝承の中に、人狼伝説は当然の如くあった。夜に民家を襲って人殺しをする怪物。日中は人間の仲間に紛れて行動をする。極めて狡猾な生き物。『赤ずきん』や『三匹の子ブタ』が有名だろうか。
奴は……今回も人混みに隠れていた。そして、隙を見て人が大勢いる中で遠吠えをする。その声を間近で聞いて驚いた瞬間には首を噛み千切られていた。街中を歩いていた人々が悲鳴をあげる。突然に人間が獣に襲われたように死んだのだから。それも道の真ん中で。まあ……その悲鳴をあげている女性こそが、たった今猪飼慈雲を殺した人狼なのだが。
人々が慌てふためく姿が楽しくて溜まらない。これ以上の愉悦はないと思う。自慢ではないが、人間であった頃の記憶を取り戻した今でも、人狼である自分の姿を嬉しく思っていた。一緒になって甲高い悲鳴を合唱してくれる人々を見て、親近感で泣きそうな程嬉しくなる。群れること程楽しいことはない。
そして……自分だけが別格という優越感。殺しを……楽しんでいた。
「誰か! 誰か来ておくんない!」
そんな声をあげて泣き叫ぶ。そして心の中で数を数えていた。あとは? 水上几帳、土御門芥。この二人は大阪城にいると聞いた。そして? 鬼一法眼と津守都丸。さて、次に狙うべき獲物はこの辺りか。任務は遂行する。その上で目一杯遊ぶ。
この男、反省をしていない。生前に散々恨まれて。悪霊に袋攻めにあって。異世界に飛ばされて江戸時代まで遡って。それでも人殺しを続ける。正真正銘の屑だった。
「美味しいお肉、お肉、お肉、お~に~く!」




