食物
薬袋的の周りでは死体が増え続ける。それを防ぐには病院を出てはいけない。病院の中にいれば、何故か死人は増えない。しかし……ひとたび外に出てしまえば、薬袋的に接近していた者から死んでいく。呪われた少女。
「その……お前の小説にかける思いは理解した。でも、これ以上私に関わらない方がいい。私は……お前が思っているよりも危険なのだ」
いや、もう手遅れかもしれない。この男は薬袋的に接触せずとも悪霊にとりつかれていた。それを払いのけようと情けをかけたのが失敗の始まりだった。引き離すどころか、悪霊の姿は刻々と変化している。薬袋的の手に持っていた飲み干した後のカップが……不自然に割れた。
「お前の悪霊……なんか変わった」
また、姿を変えた。黒い馬に乗り、果実を乗せた天秤を持っている。先ほどまでの剣士のような骸骨とは違う。見た目は相違ないのだが、薬袋的には別の個体だとはっきり認識できる。
「馬の色が黒色に変わった。天秤を持っている」
「黙示録の第三騎士だね」
この小説家は落ち着いていた。取り乱さない。この男に山ほどの怪奇現象が襲っているはずなのに。それに気づかない。本当に自分の世界しか見えていない。
「お願いだからどこかに逃げてくれ。お前は……これから悪霊に殺される。私の両親のように。担任の先生のように」
逃げれば助かるとも限らない。だが、今まで助かった件数は多い。薬袋的に関わらなければ、それだけで助かるのだ。この男は初めから悪霊にとりつかれていたが、それでも一度は彼の元を離れていった。助かるかもしれない。このまま見殺しにするよりマシだ。このまま取材など続けていれば、その内本当に……。
「その天秤はね。食物を制限する為にあるんだよ。人間の世界に飢餓を齎す騎士なんだ」
飢餓……。その言葉に……薬袋的は不思議な顔をする。小学生でも飢餓の意味くらいは分かるのだが、どうして今そんな言葉が出てくるのだろうか。
「ヨハネの黙示録の四騎士。それらは未来を暗示している。『勝利の上の勝利』、『剣をもって争いを』、『手にはかりを』、『オリーブ油を損なうな』」
勝手に訳の分からない言葉を口走る。この小説家……やはり狂っている。もう薬袋的の無関係な所で呪いを引っ提げているとしか思えない。
「タロットカードの『死神』の絵は馬に乗った骸骨で描かれる。まさに黙示録の第四騎士を現しているんだ。その能力はまさに死神」
「何が起こるんだ……」
「『疫病』だよ。地上の人間を死に至らしめる疫病さ。まあ野獣を使うってやり方もあるらしいけどね」
簡単に言うと……皆殺し。全員が死ぬ未来を暗示している。
「僕の背中に出たってことは僕への掲示なのかな。そんな訳ないよね。これは……君への暗示、いや挑戦状と言うべき代物じゃないかな。このお告げは……ジャンヌダルクの生まれ変わりである君への掲示だと思うよ」
まだ……何も起こっていない。勝利、戦争、飢餓、疫病。この順番に何かが起こる。でも、第一騎士が現れた瞬間に何も起こってはいない。今だって第三騎士の暗示である飢餓は起こっていない。目の前のチーズケーキも健在だ。
「まだ何も起こっていない。でも、これから何かが起こる」
「私のせいで……もっと多くの人間が……死ぬことになる……」




